プロフィール
名前:Mic'o(みーちょ) 
性別:女
職業:主婦時々通訳などのお仕事(両者の比重は時により変化) 定期的な仕事としては日本のサッカー雑誌へ情報提供をしてます。お仕事関連の御連絡はtagjug@hotmail.comへお願いします。
ウェブサイトURL:http://www.geocities.jp/prirodnaljepotabih/
一言:高校時代のチリ留学がきっかけで何故か旧ユーゴ地域に興味を持つ羽目に。大学では一見旧ユーゴとほぼ何の関連もない学部を専攻(社会福祉学部 ゼミは精神保健関連)したものの、在学中ボランティア活動等で数回訪問する機会を得る。大学卒業後は単身ユーゴ(現・セルビアモンテネグロ)に渡り、ベオグラードにて語学研修、日本語教師などをしつつ1年滞在。そこで知り合った現在の夫がボスニア出身だった為、結婚を機にボスニア北部へ移住する。現在ボスニア生活7年目。

※ボスニアに関する御質問のある方へ→今後暫くメールでの質問はお受けできませんので、何かありましたらこのブログのコメント欄にいただければと思います。

2005年11月16日

重いほど確実です

ボスニアから日本に手紙を送る際、無事に届くかどうか心配になる方もいらっしゃるかと思いますが、重さがあればあるほど確実に届きます。

なぜなら航空便の場合、ある一定の重量(といっても数十グラム単位)以上の郵便物は全て「書留扱い」で送らなければならないからです。

先日日本に仕事関連の書類を郵送する必要があり、書類本体+αで約20ページに及ぶ郵便物を最寄の局に持っていったのですが、約160gの郵便物の送料は日本円にして約1700円!比較対象として日本の郵便料金を引き合いに出すと、航空便の料金(250gまで)670円、自らの希望で書留扱いにしても+410円で1000円ちょっと。この2国間の郵便料金でみると1.7倍の差があります。

強制書留扱い自体については、日本へ結婚の挨拶状を送った時などに経験しているので驚きはしませんでしたが、書留料を入れてもこの料金の半分位と見積もって買い物帰りの非常に軽いお財布を携えて郵便局まで足を延ばした私は、後日改めて出直す羽目になったのでした。窓口のお姉さんも色々郵便料金を低く押さえる方法を考えてくれたのですが、航空便だとどうしても書留扱いになってしまうという事で、船便でちんたら送っても相手に迷惑を掛けるだけですし、最終的に出戻りで書留扱いの料金を払いました。でも、結局は送料も相手負担ですし、必要外の書留扱いになったのも私の不可抗力ですし、後は無事に届く事を祈って・・って無理やり書留扱いにされて届かなかったらシャレにもならないですが(汗)

郵便で出す以上相手に届かなくてもよいものというのはないのだけれど、書留にする程の重要性があるかどうか、となると、普段送る写真同封の手紙やお祝いのカードは書留という保険を掛けて送る程ものでもないかと。(でも写真はプライバシーもあるし大事かも・・)
写真や手紙、そして各種カードの送付までネットで済ます事のできる今日でも、郵便局大好きな私としては手紙の持つ良さを大事にしていきたいと思うのですが、ちょっとしたものを送るのにも料金を上乗せされてしまうとなると、やっぱりネットでいいか、と安上がりな方に流れてしまう自分もいるわけです。今回もネットで既に送った書類を、改めて郵送で送る事になったという経緯があり、それで余計に書留扱いになった事に対して割り切れない気持ちがあるのかもしれません。

書留といえば、大学卒業間際の3ヶ月程をセルビア・モンテネグロのベオグラードで過ごしていた際、卒論を書留と普通郵便扱いで2通作り日本の教授宛てに送った事があります。(ちなみにテーマは旧ユーゴと何の関連もありません)
重量は今回送った書類の何倍もありましたが、ボスニアと違って無断で書留にされる事はありませんでした。ただ、局員が私をベオ大の留学生と勘違いしたらしく、書留扱いにした方の論文をしげしげと眺めながら「この書類にはベオ大のハンコがなくてよいのか?」と何度も念を押されたのを思い出します。
「卒論をベオで書き上げて日本に郵送した」と話すと、DHLあたりを利用したのかと想像される方もいらっしゃるようですが、私が送ったのは普通の航空便です。全く海外まで行って何してたんでしょうね、私は(爆)

日本も郵便公社が民営化すると郵便料金体系も大幅に改定するのでしょうか?
航空便の小包がこれ以上値上がりすると日本からの救援物資も滞りそうで、その辺かなり不安です。

※今回の郵便事情はボスニアでも私が利用するスルプスカ共和国側の郵便局の料金設定であり、ボスニア連邦側の郵便局では扱いが異なる可能性がある事御了承ください。



posted by Mic'o at 05:15| Comment(8) | TrackBack(0) | BiHココロのメモ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月10日

事件です!

ここ1ヶ月の間にサラエボでテロ準備容疑の逮捕者が出たり、隣国クロアチアで鳥インフルエンザが発生したりと、事件簿ネタには事欠かないMic'o周辺ですが、今回は窓ガラスの向こうで起こった事件を証言者風にお伝えしたいと思います。

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10:00AM過ぎ

朝も日が明けぬうちからダンナの(いつもと同じ)ミスによる愛犬の逃走騒ぎに巻き込まれ寝不足気味だった私は、これまた早朝からの停電で家事が進まぬのを言い訳に、ぼんやりソファーに腰掛けて睡魔と闘っておりました。

視線を窓の外に移すと秋晴れのよいお天気。外では子ども達が遊んでいて賑やか、なんですが、いつものハシャギ声とは違って何やら緊迫した雰囲気。そのうち「こら、止まれ!」だの、とケンカと思われるやり取りが聞こえてきたと思ったら、続いて「パン!」と乾いた音が辺りに鳴り響きました。年末から新年に掛けて子供達が爆竹を鳴らすのはこの辺りのはた迷惑な風物詩ですが、シーズンにはまだ早い。ちょっと胸騒ぎがしたので、ソファーから身を起こし窓から外を眺めると、警官と走る男性の姿、そして向かいのアパートのバルコニーで取り乱しながら電話を掛ける女性の姿が飛び込んできました。
どうやら子ども同士の揉め事とは到底違う次元の事件が起こっている様子。

先程走っていった男性が戻って来て警察官のボディーチェックを受けていたものの、そのまま御用にならなかったところから察するに彼が容疑者ではないようです。窓の向こう側から様子を伺っているので、事の次第は彼らの様子から察するしかありません。
この男性や周辺の人々のジェスチャーから我が家とは反対方向にこの事件の鍵を握る人物が逃走している模様という事が何となく分かってきましたが、一体何が起こっているのかは相変わらず謎のまま。向かいのアパートの住人が何人かバルコニーに出て事の次第を見守っています。その中には知人の顔も見えたので状況を説明してもらいに行こうかと思ったのですが、何が起こっているのか分らない状況下でうかつに出歩くのもどうかと思い、何か動きがあるまでもう暫く窓から様子を伺う事に。
それにしても犯人が逃走していると思われる方角には保育園があるので、犯人が園児を人質に園内に立てこもるなんて事が起こりませんように・・

11:00AM

それ程緊迫した状況には見えないので、思っていた程大した事件ではなかったのかと思いきや、そのうち近所からぞろぞろと男性が集まってきました。そして我が家と隣家の前の芝生の上をうつむき加減で、片足で地面をトントンと叩きながら何やら探している様子。逃走した人間が何か落としていったのか、それとも皆慎重に探しているところを見ると何か爆発物でも見つかったのか?(それなら一般市民ではなく、警察の特殊部隊あたりの任務だろう)

状況が把握できないだけに現実にあり得ない事まで頭の中をよぎるのですが、皆一様に下を向いて歩いている光景を、何となくエサを探すニワトリの姿と重ね合わせてしまった私は不謹慎です(反省)

そんな状況が昼過ぎまで続いていましたが、そのうち我が家の門のあたりから事件が起こったアパートの端まで「捜索中につき立ち入り禁止」の黄色いテープで囲われてしまいました煤i-0-;)という事は我が家(正確には家の前)も事件現場ですか?現場ですよ、現場!しかも何が起こっているのか分らない現場から目と鼻の先にいるという事だけで不安倍増。

窓の向こうでは相変わらずニワトリ・・じゃなくて住民も参加しての捜索活動が続いていますし、警察官の数も増えています。これは近所の単なる揉め事とか愛憎のもつれ(?!)、というレベルの事件という事を確信。デルベンタ大情報網(=口コミ)を駆使してダンナ側にも何か情報が入っていればいいのですが、この日に限って奴は所用でベオグラードに出掛け留守。

このまま得体の知れない不安を抱えて動向を見守っているわけにもいかないので、立ち入り禁止テープの近くでヤジウマをしている少年達にでも探りをいれてみるか、と息子を連れて事件現場に面している裏庭に出ると、捜索に加わっていた近所の人が声を掛けてくれたので、これ幸いと事情を説明してもらうことに。
そして、明らかになった事件の真相は・・・

2005年10月30日

Iftar box

10月14日付のブログ(「ラマダンと正月がやって来た!」)でも紹介しましたが、現在イスラム教徒の方々は断食月(ラマダン)の真っ最中です。但しボスニアでは全てのイスラム教徒の方々が断食を行っているわけではないようで、ラマダンの1ヶ月間気合を入れて断食を行うお嬢さんがいるかと思えば、状況によって断食を免除されている人々もいるし、「俺はタバコがやめられないから(確かラマダン期間の日中はいかなるものも口にしてはいけないはず)」といった理由で初めから断食を行わない人もいて、ラマザンに対する意気込みは人によって様々。以前ラマザンの時期に入った仕事の日程に訪問先での昼食が組まれていたのですが、食事を共にしたイスラム教徒と思われる現地女性は「私のボスはラマダンをする必要がない宗教の方なので・・」という理由で会食の席に同席していたようです。この時は日本側のクライアントの方がラマダンの事を気にしていたので尋ねましたが、普段は親しい間柄であってもこちらから積極的に質問するのは少々気が引ける項目ではあります。

さて、前述のブログでは「Iftar=日没」としましたが、単に日没ではなく「断食後(日没後)の食事」を指すのが正しいようで、ある女性雑誌の予告にも「Iftar za 10 minuta(10分で出来るイフタル)」という見出しがありました。食事といえば、以前某航空会社に勤務されていたはびびさんのブログにラマダン中の機内食について紹介されていました。イスラム圏にフライトを飛ばしている全ての航空会社がそうなのかは分りませんが、彼女の会社ではラマダン期間中「Iftar Box」なるものが配られていたそうです。これは断食の時間終了後に食事が取れるようにとフルーツや飲み物などがパックされたものとの事ですが、こういったラマダン仕様の機内食がない会社を利用するイスラム教徒の方は日中の機内食どうしているでしょうか。Iftar Boxはなくてもイスラム教徒用の特別食をリクエストできる会社は多いでしょうから、ラマダン期間中にイスラムミールのリクエストが出た乗客の方にはIftar Boxに似たサービスがあるのかも知れません。それにしても断食にちなんだものだけではなく、フライトの目的地や客層によって独自のサービスや光景を目の当たりにするのは非常に興味深いですね。残念ながら私が主に利用する欧州系の航空会社ではその会社(乗客層)ならでは、というのが余り見られず残念なんですが、日本発着便では日本食が出たり、途中でおにぎりやカップラーメンのサービスがあるのは少数派の外国人乗客にとってはこの路線ならでは、と新鮮にうつるのでしょうか?

さて、先日もイスラム圏に在住の方と話していて一口にイスラム教徒と言ってもそれぞれにお国柄があるな〜と感じたのですが、はびびさんが滞在されていた国では異教徒の人も外での飲食は出来ない一方で、ここボスニアではイスラム教徒の多い首都・サラエボでもたまに「ラマダン中は日没以降営業開始」というカフェは見かけた事はあるものの、そこまでの制限はないようです。

2005年10月21日

起きてくれたらいいのに・・・(T-T)

こないだの日曜日、ダンナの親戚の一周忌があったので家族3人墓参り&法要に行って来ました。
デルベンタ近郊の村にある墓地には私達を含め親戚・知人30人程(これでも極々内輪)が集まったのですが、最年少の息子は墓地の敷地内を走り廻るまではしないまでも、時折静寂を保つべき場所には相応しくない声のトーンでおしゃべりをしたりするわけです。いつも遊んでもらっている従姉妹なども参列していたのではしゃいでしまう気持ちは分りますが、幾ら幼くても場の雰囲気に合わせるという事はしっかり教えなければなりません。まあ、息子も皆が普段と違った様子というのは分る年齢だし、墓地では「みんな眠っているのでここでは静かにするんだよ」とは毎回言い聞かせているので、自ら口に指を当てて「シー」というジェスチャーを取ったりもするのですが、最後から最後まで静粛にというのはまだ無理があるようです。

いつものように「ここには○○おばちゃんが眠ってるんだよ。おばちゃんはみっしゅ(仮名)にいつも優しくしてくれたでしょう?だからゆっくり休んでもらおうね」という事を話して聞かせたのですが、この日の息子は「大好きだったおばちゃんがここで眠っているのは分るけど、どうしてうるさくしても起きないの?」と疑問に思った様子。
普段、「タタ(現地語で「パパ」の意味)が疲れて少し横になってるから起こさないように静かにしていようね」と言われるのだから、もしお墓の周囲が騒がしかったらおばちゃんが起きだして皆嬉しくなるんじゃないの?とでも思ったのでしょうか?
「いや、亡くなった人が目を覚ましたらそれはそれで大変な騒ぎになるんだよ」とは言わず、「お墓の中で眠っている人は起きる事はできないんだけど、皆がうるさくしてたら『みっしゅはまったく騒がしいな〜』とか気になってゆっくり眠れないんだよ。」と半分フィクションを交えた答えを返しましたが、息子にも理解可能な答えを考えながら、「本当に起きてくれたらいいのに・・」と心から思ってしまいました。

墓地から法要に向かう車中、ダンナに一連の話をしたところ「それじゃ映画やTVの世界だよ」と苦笑いされましたが、五十路に入るか入らないかで亡くなった彼女は料理の達人で特に自家製チーズとお菓子に関しては1日弟子入りさせてもらいたい、と思いつつ時ばかりが流れてしまい、結局幻の師匠弟子関係となってしまいました。こういうのを後悔先に立たずっていうんだな〜って実感。道沿いの木々の葉が散り行く様子を車の窓越しに眺めながら、命の儚さについてちょっとセンチに考えてしまったのでした。

posted by Mic'o at 19:45| Comment(7) | TrackBack(0) | intermezzo(つぶやき) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月20日

これからもあるくのだ

私が利用しているスルプスカ共和国テレコム系プロバイダーTEOLからここ数日お知らせメールやらSMSが立てつづけに届いている。その内容は同じくテレコム系列の携帯会社MOBI'sのSMSを利用し、ネット料金を決済するサービス「Pay By SMS」のスタートを知らせるもの。日本と違って公共料金は口座等からの引き落としではなく振込み、もしくは各関連機関の窓口で支払いをするのが一般的なので、ここスルプスカ共和国にしてみれば結構便利なサービスが導入されたものである。もしかするとボスニア国内でもTEOLに先駆けてADSLサービスを提供しているBiHnet(ボスニア連邦側のプロバイダー)ではこんなサービスとうの昔に導入しているのかもしれないが・・

とりあえずスタートしたこのサービス、ネットを使いすぎて月に2回も料金振込みに行く羽目になり(※料金は時間定額制で先払い)その姿を郵便局で誰かに目撃されダンナに通報されると都合が悪い場合などは助かるかな〜なんて考えてみたが、携帯の利用形態によっては思ったほど便利でもない事に気づいてきた。携帯でもポストペイドサービスを利用しているなら携帯料金と一緒に一括して支払えばよいが、私のようにプリペイドカード使用して通話している場合は結局決済サービスを利用する前にネット料金支払いに十分な度数のカードを購入してこなくてはいけないので、どこにいても気軽に携帯で決済というわけにもいかないのである。しかも、MOBI'sの電波は時によってすこぶる悪くて、携帯の画面上は電波を十分キャッチしていると表示しているのにも関わらず、全く電話が繋がらないとか、友人にSMSを送るのに一時間近く掛かったとか、携帯の意味を為していない事が茶飯事なのである。(但しポストペイドで利用している人からはそういった苦情を余り耳にしないので、プリペイド利用者だけの悩みなのだろうか)
だからこのサービスを利用して急いで料金を決済しようと思っても、肝心のSMSがなかなか送信できず、気が付けば最寄の金融機関まで出向いた方が早かったという事も十分起こりうるわけ。そもそも、我が家の近所には普段利用している郵便局をはじめ、徒歩10分圏内で辿りつける金融機関が幾つもあるわけで、プリペイドカードを買いに行くのと、金融機関に出向く手間というのはそう変わらないのである。(金融機関も午前中以外はそう混雑していないし)

私にとってはこのサービス、土曜の午後や日祝日といった振込みが不可能な時間帯には役に立ちそうだけど、普段は息子と共にお散歩がてら、金融機関に出向いての振込みという方法を取る事になりそうである。敢えて便利なものを切り捨てた方が出会えるものも沢山あるのだから・・

posted by Mic'o at 16:24| Comment(5) | TrackBack(0) | BiHココロのメモ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月12日

第3者は外に出せ!

昼過ぎにダンナが一時帰宅して「午後5時に石炭(薪と一緒に暖房の燃料とする)が届くから」というので、午後4時ちょっと過ぎに息子を連れて買い物へ向かいました。
インターネットの料金を振り込む為にまず郵便局へ向かったのですが、この方面に行く際にはよく利用する店の前を通る際に「先に買い物していっちゃおうかなー」という考えが一瞬頭をよぎりました。でも、この日は買い物リストにトイレットペーパーが含まれていたので、わざわざかさばるトイレットペーパーをもって坂を上り下りするの面倒くさいし、やっぱり当初の予定通り店には帰りに立ち寄る事に。

郵便局では待ち時間も殆どなくスムーズに手続きが終了しました。局に入る前にカトリック教会の鐘が鳴り響いていたので、多分この時点の時刻は16:30前後だったと思います。それから来た道を5分程引き換えして買い物する予定の店に入りました。まず入り口付近に置かれているトイレットペーパーを籠に入れ、店の奥に位置する乳製品や肉加工品が陳列されているコーナーへと進みます。

息子とプリンを選びつつケースに並べられたハムやチーズを担当している息子お気に入りのお姉さんを待っていたのですが、普段なら私たちがこのコーナーに向かうと直ぐに持ち場に戻ってくるそのお姉さんがやって来る全く気配なし。私達がここにいるのに気づかないのかと思い他の売り場担当の店員に誰か対応してくれる人を呼んでもらい、やっと例のお姉さんが登場したのですが、何だかいつもと様子が違う感じ。それで店内全体に何だかいつもと違った重い空気が流れている事に気づきまし
た。

お気に入りのチキン燻製ハムをケースから出してもらった後、お菓子コーナー経由でレジ方向に向かうと、レジでは店のオーナー(女性)と客が激しくバトル中。息子とお菓子を選びつつ聞き耳を立てていると(というより嫌でも耳に入ってくる>汗)、最初はお釣りの間違えでお金を返す返さない、というのが口論の理由なのかと思ったら、直にその客である女性が食品数点を万引きしたらしいという事が明らかになってきました。勿論容疑者である女性は罪を認めるはずもなく「家で子どもが心配しているから店から出せ」「出さぬ」の押し問答でバトルは益々加熱。でも、オーナーの言い分が「あんたを今店から出したら皆に私が万引きの濡れ衣を着せた嘘つきだって街中にデマを吹聴するつもりでしょう。だから出さないわ」って、あなたこの言い争いは万引きを明らかにするのが目的なんですか、それとも保身の為なんですか?
一体いつまで続くか分らないこのバトル、息子にとっても客とオーナーが罵声を浴びせ合っている中に身を置くのは良くない事ですし、私もさっさと会計を済ませて5時までには家に戻りたいけど、店唯一のレジは事体が収拾するまで次の会計が出来ない状態。「後で会計と荷物引取りに来ますから、籠の中の品物をこのままにしておいてください」と言い残して早々に店を出ようと何度思ったことか。でも、この状況下ヘタに外野から口出しできないし、私達が外に出るのを見計らって容疑者の女性が逃走する事も考えられるので(既にドアの前で押し合いが始まってるし)、これは状況に一区切りつかないと出られないな、と断念。

そしてついに両者の緊張は沸騰点まで達したらしく、オーナーはダンナさんを警察を呼びに行かせる事にしました。しかもオーナーは自分のカバンから鍵を取り出し、「ガチャリ」と店のドアを施錠してしまいました。ダンナさんが警察官を連れてきて事情聴取が始まったら私達は外に出られるのでしょうか?もしかして店内にいた参考人として私も事情聴取されるのかも??本当になんてタイミングで来店してしまったのでしょうか?こんな事ならトイレットペーパーのかさばりなんて気にせずに先に買い物をしておくべきだった、いやトイレットペーパーはあと1ロール残っているから今買う必要なんてなかったのかも。こんな最悪な環境の中でも幸い息子はおびえて泣いたりする事なく、黙々と値段付けをしている店員さんに声をかけてみたり、一応尋常じゃない事が起こっているのは理解しつつ彼なりに気をそらしていたようです。私も息子の関心を他に向けるために、店内の色々な商品を見せたりしてたのですが、そんな中パンナコッタの素を見つけ、予定外の買い物をする事になってしまいました。(^^;)無駄な買い物はともかく、誰が私達をこの状況から救ってくれるの?この世はまさに大迷惑(By ユニコーン)

そんな中ダンナさんが警察を連れずに店に戻ってきました。そしてまた「やった」「やってない」とバトルは1からやり直しです。幸い私達の会計もできるようになりましたが、支払いを済ませる間も両者の押し合いであやうく息子にまでぶつかるところでした。お人よしにも事体の沈静化を見守っていた私もさすがに「ちょっとあぶないでしょう!気をつけなさいよ」と口を挟みました。やっとの事で会計が済み、私達が外に出る為にオーナーがドアを開けましたが、「もめ事に巻き込んでしまってごめんなさい」でも「会計待たせてごめんなさいね」でもありません。まさか私達がバトルの傍らで楽しく買い物してると勘違いして、散々会計を待っていたとは思いもしなかったのでしょうか?「日本じゃないんだから、店員がペコペコカスタマーに頭を下げる事はないよ」とメンタリティーの違いを指摘されるかもしれませんが、日本人程容易に謝罪の言葉を口にしないとはいえ、こちらの人だって普通の感覚をもっていれば本当に他人に迷惑を掛けたり悪いと思った時には謝る位の事はします。
客とのトラブルなら事務所で当人同士気の済むまで話し合えば済む事で、他の客を巻き込むなんて客商売として論外ではないでしょうか?

この事件で大きく時間をロスした為、石炭が届く時間には間に合いませんでしたが、夫に支払いの際一応置き場所を指定するようにお願いしておいた事と、丁度お隣の人が外にいて説明してくれたようなので問題はありませんでした。
ちなみに石炭といえば、去年注文した会社は故意に注文の量(トン単位です)よりも少なめに配達したという事で多くの顧客を失いました。客商売は何より信用第一。客を大事にしない店や企業に未来はありえません。


2005年10月11日

赤い実の如く

※今回は久々にAn-chanさんのブログにトラバさせて頂きました。

10月9日付けのAn-chanさんのブログ「すっかり秋」の中で、日本でも最近お茶などでお馴染みのローズヒップを取り上げてられてました。ローズヒップはチリ原産というのに、残念ながらチリ滞在時には口にした覚えがないのですが、旧ユーゴ圏に来て頻繁に見かけるようになりました。しかし結構酸味がある上に、どこかで「梅茶(赤シソ茶?)に味が似ている」というコメントを見つけてから(私は両方とも苦手)どうもローズヒップ単体で飲むのは苦手になってしまいました。でも、スロベニアの会社が販売しているローズヒップ等がブレンドされたレモンティー(紅茶にレモン、ではなく本当にスッパイだけのお茶)は大好きです。ビタミンCが豊富という言葉に踊らされているのかもしれませんが、先程紹介したローズヒップブレンドのレモンティーを飲んだり、鍋にお湯を沸かしその中にローズヒップのティーパックを入れて「なんちゃって」(←死語?)スチームアロマをすると肌のツヤが良くなる感じがします。

そして、今日An-chanさんのブログにつけられたRayさんのコメントの中でローズヒップに似たDrenak(地方によってDrenijak)の存在を知りました。辞書によるとDrenakはDrenの指小辞だそうで、Drenの意味は「Dogwood,(cornel)=ミズキ(ヤマボウシ)」との事。この植物にもローズヒップ同様赤い実がなり、これまた色々と体に良い効果があります。
更にdrenについて調べていたところ「Zdrav kao dren」という表現が出てきました。直訳すると「drenのように健康な」になるのですが、これを英語にすると「(as) fit as a fiddle」、つまり「体調は万全(である)」、という事になります。本来バイオリンの意味を持つFiddleよりも、健康に良いとされるdrenの方がこの表現に使用されるのに納得いく気がしますがいかがでしょうか?

最後にまたサッカーの話題を引っ張ってしまいますが、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表の面々には明日の決戦に「Zdrav Kao dren」で臨んで欲しいものです


posted by Mic'o at 07:13| Comment(7) | TrackBack(0) | BiHココロのメモ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月10日

Dan D & それぞれの世界の中心

※10日にこの記事を読んでくださった方へ
記事Up後にボスニアのW杯予選突破の可能性について勘違いしていた点があり、サッカーに関する記述を大幅に訂正しています。大変失礼致しました。m(__)m


「Dan D」とは英語でいうところのD-day、つまり第二次世界大戦において英米連合軍がノルマンディに上陸しヨーロッパ大陸進撃開始した日(及び軍事用語で作戦行動[攻撃]開始予定日)の事です。実は私、歴史は元担任の歴史の先生に「いや、お前は世界史苦手だったのに、またとんでもなく複雑な歴史の地域の嫁にいったもんだ(笑)」と言わしめたほど歴史は苦手科目だった為ネットで確認してしまいました。一応名誉?のため申し上げておくと、勿論ノルマンディー上陸作戦が教科書に出てきたのは覚えてますよ。ただ、DAN Dがどうこの出来事と関わっているのかに確信が持てなかったという事なのです。(何故こんなに言い訳してるのだろう>汗)

このDan Dという表現、サッカーの試合などでは決戦の日という意味合い等でマスコミに使われる事があります。現在行われているサッカーのW杯予選では、12日に行われる予選最終節がまさにDan D。ボスニア・ヘルツェゴビナ代表(以下BiH)が入っているグループ7も現在首位のセルビア・モンテネグロから3位のボスニアの間の勝ち点差が僅か3。しかも、最終節は首位セルビア・モンテネグロとボスニアの本選行きを賭けたサバイバル対決&それ以前にこの組み合わせからしてハイリスクの闘い、という事で究極のDan Dとなってしまいました。しかし、BiHは昨日のサンマリノ戦でベテランのボリッチがハットトリックで勝利(3−0)を収めたものの、グループ2位のスペインが2−0でベルギーに完勝してしまった為、次節でスペインがマルタに負ける可能性が非常に低い事を考えると、仮にBiHがセルビア・モンテネグロに勝利したとしてもグループ1位通過の可能性は限りなく厳しいものになってしまいました。(仮に次節でスペインが勝利すると勝ち点20、BiHが勝利しても勝ち点19でスペインに僅か及ばず。ちなみにBiHがセルビア・モンテネグロに敗れた場合にはセルビアの勝ち点22となりスペインを上回ってグループ1位=本選行き決定)

8日のBiH対サンマリノ戦では場内アナウンスで「さあ、水曜日(12日)のDan Dは皆でBiHを応援しましょう」といった事を呼びかけてサポーターの士気を高めていたのがTVから聞こえてきたのですけど、私の周囲の下馬評では引き分けの可能性が濃厚とされています。でもBiHのW杯出場の可能性(プレーオフも含めて)はセルビア・モンテネグロ戦の勝利しか残されてません。
思い起こせば2年前の欧州選手権予選の際も、最終戦(対デンマーク)で勝利を収める事のみが本選出場(もしくはプレーオフ)への条件という、今回と全く同じシナリオでした。それだけに今回は是非勝利を収めて念願の本選への望みを繋ぎたいところです。しかし、その対戦相手であるセルビア・モンテネグロは私にとって旧ユーゴへ関心を持つきっかけをもたらした国でもあるわけで、それぞれの国に違った形の思い入れがある中、応援の胸中かなり複雑なものがあります。

ところで、セルビア・モンテネグロVSBiHが行われるベオグラード在住の友人から現地情報を仕入れようと携帯メールを送ったのですが、彼女から戻って来た答えは「えー、サッカーの試合?何の事??いつあるの?」とのこと。友人がサッカーのみならずスポーツ全般に関心がない事は承知の上だったので、この返答は想定内とはいえ、ちょっと苦笑い。でも、この一戦はスポーツ関連のみならず、ニュース等でも取り上げられているので、試合がある事位は知ってるかな、と思ってたのですけどね。毎日ニュースで取り上げられていたとしても、興味がない分野というのは聞いているようで、直ぐに頭から抜けてしまうものだというのは自分にも経験のある事です。その一方で、以前とは比にならないけど、BiHのW杯出場を意識し始めてからサッカー中心の生活をしていた事に気が付きました。最近BiHの停戦10年でも思う事ですが、自分にとって意味のある事でも、ボスニアの出来事が生活の中心にない人にとっては意識の片隅にもない事だし、先日日本中を沸かせた阪神の優勝も、ブリトニー・スピアーズの出産も、押尾学の事実上引退も、それが自分の世界の中心と関係がなければ、瞬時に記憶の奥底に眠ってしまう、もしくは記憶から抹消されてしまう、他愛もない事なのだったりするのですよね。(ちなみに阪神優勝以外は私の記憶から急速に遠ざかりつつあります) でも、己の世界の中心外にある事でも目をむけるべき現状は沢山あるわけで、時には軌道を外れて他の世界の回りを巡ってみる事も必要なのかな、と思います。

2005年10月05日

のろまなカメも5人の子持ち

先日某大型スーパーで息子のオモチャを物色していたところ、世界各国の旅客機シリーズの中にこんなもの発見。

starijal.jpg


これは一体何世代前のモデルなのでしょう?(画像粗くてすいません)
私がチリ留学に向かう際、ロスまで利用したJALの機体は現モデルのものだったと思います。
(少なくとも2色のラインは入ってませんでした)

このタイプのJALを見たら、やっぱり頭の中に流れるのはこの歌
「♪あ〜果てなく 広がる 世界にぃ〜 たった1つの 輝いた〜 夢〜」(うろ覚えです)

私にとってこの飛行機はあの「スチュワーデス物語」のイメージです。

ドジでノロマなカメの訓練生を演じていた堀ちえみも今や5児の母親ですね〜

冬には手袋を歯で外しながらの「ヒロシ〜」ごっこもブームになりました(?)

あの時代って飛行機といえばJALしか思いつかなかったし、よっぽどドラマの影響が強かったんでしょうね。でも、海外初旅行のロス往復を除けば、国際線で利用してるのは外資系ばかりです。




posted by Mic'o at 20:08| Comment(4) | TrackBack(0) | intermezzo(つぶやき) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月04日

ラマダーンと正月がやって来た!

今日イスラム教の断食月(ヒジュラ暦9月)ラマダーンが始まりました。ちなみにボスニアではRamazan=ラマザンと呼ばれています。日本のイスラム教徒の間では新月が確認できた翌日からラマダーンがスタートするようで、今晩のNHKニュース10でも都庁をはじめ国内20ヶ所で新月が見えるか確認している様子が紹介されていました。日本のいずれかの都市で新月が確認されればそれがラマザン開始の合図になるそうなのですが、結局新月の姿は一箇所も捉える事ができず、結局日本から最も近いイスラム国・マレーシアの天気を判断材料に5日からラマダーン開始が決まったとの事。
ボスニアも日本同様国内各地のイスラム教徒が新月の姿を今か今かとやきもきしながら待っているのだろうか、と思っていたところ、同ニュースによると国によっては新月の確認有無に関係なく最初からラマダーンの開始日を決めている国もあるそうです。ただ、ボスニアがどちらをラマザン開始の基準に据えているのかは私の知識の範囲外ですが。

ラマダーン中は日の出(Vrijeme sehura)から日没(Vrijeme iftara)まで飲食を一切経つ事になっているのは御存知の方も多いかと思いますが、同じ国内でも日の出と日没の時間に多少の時差がある事はつい最近になって知りました。ラマダーン開始の今日(4日)を例に取ると、サラエボの5:06AMを基準に-4分(5:02AM)から+11分(5:17AM)の間に日の出を迎え、同じくサラエボの6:29PMを基準に-4分(6:25PM)から+9分(6:38PM)の間に日没を迎えるといった具合です。参考までに私が住んでいるデルベンタはサラエボから遅れる事3分で日の出を、そして日没は1分遅れで迎えたそうです。我が家から街のジャミヤ(モスク)は徒歩10分程離れている為気が付きませんでしたが、きっと6:30PMには日没の合図である花火が打ち上げられ、市内のイスラム教徒に断食の終わりを告げていた事でしょう。

盆と正月という例えはちょっと適さないかもしれませんが、ラマダーンと共にやってきたのがユダヤ教の正月「ロシュ・ハシャナ(Ros Hasana)」。他の3宗教(カトリック、セルビア正教、イスラム)と比較すれば信者は少数ですが(某所で確認したところボスニア全土で約1000人との事)、ボスニアにおける主要な宗教として名を連ねています。ユダヤ暦では西暦に3760年足したものが年数になる為、今日はなんと5766年の正月!新年を祝う為の様々な風習の中に、様々な甘いものを食するというのがあるそうですが、これには「甘い良い年」になるように(りんごを蜂蜜に蜂蜜をつけたものを食べる)、「甘く実りのある年」になるように(ザクロを食する)を意味するようです。これに対し日本の御節料理に使われる食材にはどんな願いが込められているのか、改めて調べてみなければ・・・

異なる宗教の2つのお祝いについては勿論国内のマスコミでも取り上げていましたが、TV局でもBHT1(ボスニア全土で放映されている公共放送)ではニュースやトーク番組内でジャミヤからの中継を交えたラマダーン開始のニュースをメインに持ってきたのに対し、RTRS(スルプスカ共和国)の夜7時台のニュースでは逆にラビのコメントやロシュ・ハシャナの習慣を中心に紹介する内容でした。スルプスカ共和国にユダヤ教信者が多いという事でもないのですが、BHTがラマザン中心の報道だったので、バランスを取ったという見方をしてよいのでしょうか?それはともかく、ボスニアという国は様々な宗教のバックグラウンドを持った国だという事を再認識した1日だったのでした。

<追記>最近の事だと思いますが、ボスニア公共放送サービス(PBS)のサイトにマルチ宗教カレンダー(10月/11月分)がUpされています。ラマダーン期間中の各地の日の出と日没の時間もチェックできますので興味のある方はどうぞ
http://www.pbsbih.ba/medjureligijski_kalendar.html

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