2005年10月20日

これからもあるくのだ

私が利用しているスルプスカ共和国テレコム系プロバイダーTEOLからここ数日お知らせメールやらSMSが立てつづけに届いている。その内容は同じくテレコム系列の携帯会社MOBI'sのSMSを利用し、ネット料金を決済するサービス「Pay By SMS」のスタートを知らせるもの。日本と違って公共料金は口座等からの引き落としではなく振込み、もしくは各関連機関の窓口で支払いをするのが一般的なので、ここスルプスカ共和国にしてみれば結構便利なサービスが導入されたものである。もしかするとボスニア国内でもTEOLに先駆けてADSLサービスを提供しているBiHnet(ボスニア連邦側のプロバイダー)ではこんなサービスとうの昔に導入しているのかもしれないが・・

とりあえずスタートしたこのサービス、ネットを使いすぎて月に2回も料金振込みに行く羽目になり(※料金は時間定額制で先払い)その姿を郵便局で誰かに目撃されダンナに通報されると都合が悪い場合などは助かるかな〜なんて考えてみたが、携帯の利用形態によっては思ったほど便利でもない事に気づいてきた。携帯でもポストペイドサービスを利用しているなら携帯料金と一緒に一括して支払えばよいが、私のようにプリペイドカード使用して通話している場合は結局決済サービスを利用する前にネット料金支払いに十分な度数のカードを購入してこなくてはいけないので、どこにいても気軽に携帯で決済というわけにもいかないのである。しかも、MOBI'sの電波は時によってすこぶる悪くて、携帯の画面上は電波を十分キャッチしていると表示しているのにも関わらず、全く電話が繋がらないとか、友人にSMSを送るのに一時間近く掛かったとか、携帯の意味を為していない事が茶飯事なのである。(但しポストペイドで利用している人からはそういった苦情を余り耳にしないので、プリペイド利用者だけの悩みなのだろうか)
だからこのサービスを利用して急いで料金を決済しようと思っても、肝心のSMSがなかなか送信できず、気が付けば最寄の金融機関まで出向いた方が早かったという事も十分起こりうるわけ。そもそも、我が家の近所には普段利用している郵便局をはじめ、徒歩10分圏内で辿りつける金融機関が幾つもあるわけで、プリペイドカードを買いに行くのと、金融機関に出向く手間というのはそう変わらないのである。(金融機関も午前中以外はそう混雑していないし)

私にとってはこのサービス、土曜の午後や日祝日といった振込みが不可能な時間帯には役に立ちそうだけど、普段は息子と共にお散歩がてら、金融機関に出向いての振込みという方法を取る事になりそうである。敢えて便利なものを切り捨てた方が出会えるものも沢山あるのだから・・

posted by Mic'o at 16:24| Comment(5) | TrackBack(0) | BiHココロのメモ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月11日

赤い実の如く

※今回は久々にAn-chanさんのブログにトラバさせて頂きました。

10月9日付けのAn-chanさんのブログ「すっかり秋」の中で、日本でも最近お茶などでお馴染みのローズヒップを取り上げてられてました。ローズヒップはチリ原産というのに、残念ながらチリ滞在時には口にした覚えがないのですが、旧ユーゴ圏に来て頻繁に見かけるようになりました。しかし結構酸味がある上に、どこかで「梅茶(赤シソ茶?)に味が似ている」というコメントを見つけてから(私は両方とも苦手)どうもローズヒップ単体で飲むのは苦手になってしまいました。でも、スロベニアの会社が販売しているローズヒップ等がブレンドされたレモンティー(紅茶にレモン、ではなく本当にスッパイだけのお茶)は大好きです。ビタミンCが豊富という言葉に踊らされているのかもしれませんが、先程紹介したローズヒップブレンドのレモンティーを飲んだり、鍋にお湯を沸かしその中にローズヒップのティーパックを入れて「なんちゃって」(←死語?)スチームアロマをすると肌のツヤが良くなる感じがします。

そして、今日An-chanさんのブログにつけられたRayさんのコメントの中でローズヒップに似たDrenak(地方によってDrenijak)の存在を知りました。辞書によるとDrenakはDrenの指小辞だそうで、Drenの意味は「Dogwood,(cornel)=ミズキ(ヤマボウシ)」との事。この植物にもローズヒップ同様赤い実がなり、これまた色々と体に良い効果があります。
更にdrenについて調べていたところ「Zdrav kao dren」という表現が出てきました。直訳すると「drenのように健康な」になるのですが、これを英語にすると「(as) fit as a fiddle」、つまり「体調は万全(である)」、という事になります。本来バイオリンの意味を持つFiddleよりも、健康に良いとされるdrenの方がこの表現に使用されるのに納得いく気がしますがいかがでしょうか?

最後にまたサッカーの話題を引っ張ってしまいますが、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表の面々には明日の決戦に「Zdrav Kao dren」で臨んで欲しいものです


posted by Mic'o at 07:13| Comment(7) | TrackBack(0) | BiHココロのメモ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月26日

名前を巡る受難

予測はしていたけど、先日送ったメールへの返信の宛先が
「Gospodja(Mrs)」ではなくて、「Gospodin(Mr)」になっていた(T-T)

現地女性の名前は「A」で終わるのが一般的なので(注:男性名の一部にも「A」で終るものがあります)、私の本名の様に「O」で終る名前、しかも不幸な一致といったらよいのか現地の男性名にも該当してしまう名前だと、もう間違いなく「こいつは男性だ!」と思い込まれてしまう。
先日のメールも何箇所か形容詞や動詞の活用に女性と分る表現を織り込んでみたのだけど、それよりも名前を一目見ただけで先方には「こやつは『』」と何の迷いもなくインプットされてしまったようだ。

これまでに名前のせいで男性と間違えられた例を挙げると

・エアーチケットを購入した際、直接航空会社のオフィスに出向いて予約をいれたにも関わらず、後日チケットを受け取り内容を確認したところ、名前が「Mr ○○」とプリントされていた。
(本人見て「男性」と確信したわけじゃないだろうな?おい?!)

・これもエアチケット絡みだけど、ダンナが電話で家族3人分のチケット予約を試みたところ、トラベルエージェンシーの担当者から「で、あなた達3人の内奥さんは一体誰なの?」と確認された。

・仕事先で名刺交換をした際、「お、これはあなたのダンナさんの名刺だね。それで、君の名前は?」と名を尋ねられた。
(仕事でダンナの名刺を渡す奴がどこにいるのだろう?)

極めつけのエピソードはやっぱりこれかな?

・息子を妊娠中、外出制限が出されていた私に代わってダンナが流産防止の薬を薬局に買いに行った時の事。
ドクターから出された処方箋を薬剤師に渡したところ、その薬剤師から
「ちょっと、あなた!この薬は『女性』に対して処方されるものなのよ。
何かの間違いじゃないのかしら?」とドクターの処方ミスを疑われた。

私が某M○XI内で参加しているコミュで「外国に行くとスゴイ意味になる名前」という内容のトピが立ってたけど、意味的にはスゴイ事なくても、行く先々で何の疑いなく男と断定されたり、綴りこそ違えど発音的には「私の息子」と同じになってしまったり、と行く先々でことごとく受難が待ち受けている名前だと、名付けた親は微塵も思わなかったに違いない。(当たり前だ)
まあ、日本にいた時はいた時で、在籍している学校に一時同姓同名が最高で5人もいたりと、それはそれで紛らわしさがあったのだけど、私が女性である事が少なくとも名前からは分ったしね。(爆)

両国間の名付け文化の違いにより日常生活に支障が出そうな私の名前だけど、だからといって、現地の人がよくやる外国人に現地名を付ける、という行為は心の底から御免被りたい。例えば現地の人に日本名がどうしても発音しづらくて現地の似たような名前で呼ばれる事になった、とか、私がネット上で使用しているハンドルネームの「Mic'o=みーちょ」(ちなみにこれも本来は男性名なんだけど・・)のように、その名前にまつわるエピソードがあるならまだしも、自分達の文化の中に存在しない名前だからという理由で
「これからあなたを○○○と呼ぼう」と勝手に呼び名を決めないで欲しい。

実はボスニアに来たばかりの頃、親戚の一部から
「彼女の事は○○と呼びましょう」と勝手に現地名を与えられそうになったが、当事はまだ賢い嫁の仮面(笑)を被っていたにも関わらず、それだけは即座に「私の名前はあなた達にとって決して発音しづらいとは思えませんし、現地名で呼ばれても返事しませんから」と断固拒否させていただいた。
そもそも、チリ留学当初にクラスメイト達から
「ねぇ、何て名前で呼ばれたい?クラウディア?ガブリエラ?カリーナ?」
と尋ねられた事により、自分が10数年名乗ってきた日本名が否定されたようなショックに襲われた事が現地名で呼ばれる事に対する違和感の発端だったように思う。
もちろん彼女達には私の名前を否定するとかそういった気持ちは皆無だったと思うけど、私にとっては男女間で日常的に行われる挨拶のキスに匹敵する位、結構ショックな出来事だったのだ。否、今だに引きずっているのだから、挨拶キス以上の衝撃だったのかもしれない。


あくまで私が感じるところだけれど、現地名が付けられたからといって、それが現地社会に受け入れられた証とは到底思えないし、それ以前に自分が本来持っている名前が無視されている、という感じすらする。なのに「Mic'o」というニックネームに抵抗がないのは、配達担当の郵便局職員がラテン文字で書かれた私の名前を何故かキリル文字読みと勘違いして呼んだ事から派生したもので
(注:↑の文脈から私の名前の名前を推測されても、プライバシー保護の為コメント等には書き込まれないようお願いします)
別に誰かから私の名前を自分達の文化に合った名前にする為に押し付けられたものでもないし、私を「Mic'o」と呼ぶ人は、ニックネームだけでなく本名で呼ぶ事も多いからではないだろうか。ネットの世界ではプライバシーを明かしたくないのでMic'oの名を徹底させてるけど、私が何者であるのか知った上で付き合いが成り立っているリアルな世界でもMic'oという呼び名だけが広まっていったら、それはそれで違和感を抱く事と思う。結婚後は複合姓にしようと目論んでたにも関わらず諸事情で改姓を余儀なくされた事もあってか、「一生変わらないもの」としての名前に自分のアイデンティティーをより強く感じるようになった気がする。

名前に関しては結構長い事色々考えてきた事もあって、つい、かなり熱く語ってしまった。そのせいで名前の語尾により男性と間違われる受難からいささか本題がずれてしまったけれど、メールを送る際に男性と誤解を受けない為の対策として、差出人として現在は殆ど使用する事のない旧姓を姓と名の間にカッコ書きで付け加える事にした。複合姓にする女性はいても男性は見かけないので、余程鈍い人か、パブロフの犬の如く名前を見ただけで男性と判断してしまう人でなければ、これで女性だと分ってくれる事だろう、と目論んでいる。まあ、それ以前にメールにきちんと目を通してくれよ、と言いたいが。

余談だけど、最近日本人でも国際化に伴って子どもに海外でも通用する(と思われる)名前を付ける傾向もあるみたいだけど、大半の人が視野に入れている欧米(というより米だな)のみならず世界全ての国で読みも綴りも意味も問題なく通用する名前をつけようと思ったらかなり名付け作業が難航しそうな気がするな〜。だったら逆に出自が明確になるよう日本人特有の名前を付けた方がいいんじゃないかな。
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2005年07月15日

"JAPAN"バス 走行中

※今日のブログは相互リンクして頂いているAn-chanさんの
「ベオを走る日本のODAバス」にトラバさせていただいております

3年前から隣国セルビア・モンテネグロの首都 ベオグラードでは
日本政府の援助により導入された黄色いバスが市民の足として
市内を走行中です。
私がべオに行く際には市内の移動はもっぱら自家用車か
トローリーバス(電気で走るバス)なので
このバスに乗車した事はないのですが
何度か目撃した事はあります。
バスの車体には「DONATION FROM THE PEOPLE OF JAPAN」
うーん、市民に誰からの援助かハッキリ分るのはいいけど
それでも、やっぱり、少々こっ恥ずかしいかも
っていうか、市民に分って欲しいのなら現地語で書けば・・とも思う。
まあ、現地語でもDonationはDonacija、JapanはJapan
(但し発音はヤパン)だから分るだろうけどね。

で、多分本家サイトの方でも以前紹介したと思うのだけど
ボスニアでもベオグラードに先駆け
国内3都市でJAPANバス活躍中です。

都市によりバスの車体の色は異なりますが
(サラエボ、モスタルは黄色、バニャ・ルーカは赤)
市民生活に欠かせない足になっているのはいずれの都市でも一緒。
JAPANバスinボスニアはこんな感じ(下の写真はバニャ・ルーカ版)

uuuuuu.jpg banja bus2.jpg

こちらの方には「ボスニア・ヘルツェゴビナと日本のコーポレーション」と
現地語で表示してあります。

ベオグラードへの援助にあたっては「バスをキレイに保つ事」というのが
条件とされたという話ですが、↑の写真から察するに
ボスニアへの援助の際にはそのような条件は付かなかったようですね。(^^;)
もしかして、それが教訓となりベオグラードへは洗車の条件付援助に
なったのでしょうか?(爆)あながち深読みではない気も・・・
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2005年07月11日

Don't forget..

この日、世界中のメディアの注目を集めたボスニア東部の街・スレブレニツァ。
国連軍(オランダ)軍が駐留する「保護地域」だったこの街で、セルビア人勢力に
より8000人を超えると言われるムスリム人男性が虐殺されてから今年で10年を迎える。
その追悼式典の様子は日本の某TVニュースでも割と長めに取り上げられていた。

このスレブレニツァには昨年冬、取材の同行で訪れる機会があった。
幾つかのトラブルが重なって、場の雰囲気が悪くなっていたという事も
あったのだけど、自分にとっては、これまでのキャリア
(といってもそれ程あるわけではないが)の中で
2番目にハードだったと言える程、窮地に立たされた1時間半だった。

詳しくは↓をご覧下さい。

http://www.chugoku-np.co.jp/hwpm/series/Hw05021101.html

最後に私がデルベンタ在住だと言う事を告げると
1人のおばあさんが、「私はドボイ出身だよ。あんたとは隣人だね」と
声を掛けられたのが一番の救いだった。
(注:デルベンタとドボイはお隣同士)

スレブレニツァから車で3時間近く離れた首都サラエボの街中には
壁一面に「DON'T FORGET SREBRENICA」と書かれている。
確かに、スレブレニツァの悲劇を忘れてはいけない。
そして、決して繰り返されてはならない。

しかし、犠牲者の数やその悲惨さに関わらず
国内で隣人同士が銃を向け合った悲劇が二度と繰り返されてはならない。

どの民族にも悲しみの涙が枯れる事はない・・
「DON'T FORGET SREBRENICA」
「DON'T FORGET BOSNIA AND HERZEGOVINA」


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