2006年07月16日

祭りだ 祭りだ〜!!

日本でも京都の祇園祭の様子が伝えられる季節になりましたが、夏といえば祭りだ、祭り!というわけでボスニアをはじめ旧ユーゴ地域でも祭り真っ盛り。まあ、祭りといってもフンドシ姿の男集がお神輿かついでワッショイとか盆踊りで通りを練り歩くわけではなく、大半がサマーフェスティバルと称したコンサートや映画祭といったイベントです。
サマーイベントの規模としては南東ヨーロッパで最大規模を誇るといわれるセルビアはノビ・サド市の「EXIT」をはじめ、連日各都市では色々な催しものが行われています。クロアチアの携帯会社「T-mobile」のCMでもバーッと同国内で今夏催されるイベント名がダーッと紹介されているのですがこちらも演劇やらジャズフェスティバルやら映画祭やら盛りだくさん。サマーイベントという枠組からは外れるかもしれませんがこのブログを書いている時点ではW杯決勝前にも歌声を披露したシャキーラのコンサートが行われています。いいな〜☆

そしてここボスニアも他の旧ユーゴ諸国に負けずイタリアの有名歌手エロス・ラマゾッティやスパニッシュギターの大御所パコ・デ・ルシア、そしてあのホセ・カレーラスなど早々たる面々が招待された「Zetra Festival」、そして同じく国内外のアーティストを招いて開催中の「Bascarsijske noci」がサラエボの夏の夜を熱くしています。
(追記:初回Upの際寝ぼけていた為出演者の名前が激しく間違えておりました>汗)
なんと12日の「Bascarsijske noci」には日本でも活躍されているヤドランカ・ストヤコビッチさんが現地のアーティスト(ダミル・イマモビッチ)&琵琶奏者をはじめとする日本のアーティスト数名と共にゲスト出演しました。コンサート直前に放送されたニュースでコンサートに関するインタービューを受けていたヤドランカさんは久々の母国でのコンサートを前に各メディアから取材が殺到した為なのか少々声が枯れている印象がありましたが、その後のステージは無料という事も手伝ってか満員御礼で大盛況の内に終了したようです。

「Bascarsijske noci」の公式サイト(英語)はこちらから
http://www.bascarsijskenoci.ba/o_nama_eng.htm

今月末まで開催されているので、この時期にサラエボを訪れる機会がある方は是非足を運んでみて下さい。

もちろんサラエボだけではなくボスニアの各都市で様々なイベントが開催されていますが、私が住んでいるデルベンタでは8月29日から始まる「Vasar」と呼ばれるお祭りです。一応文化的なイベントも企画されるのですが全体的には日本の盆踊り(踊らないけど・・)や七夕といった雰囲気といった感じで、様々な出店や移動遊園地で連日夜遅くまで賑わいます。デルベンタに移ってから8年になるというのに子どもができる前は余り興味もなかったし、息子が産まれてからは毎年夏は日本で過ごしていた為、初めて一夏をこちらで過ごした昨年ようやく「Vasarデビュー」を果たした私。まず息子とオットが2人で偵察?に行った際買って来てくれた綿あめに釣られて(汗)私もようやく足を運んでみようという気になったのですが、昔家族で連れ立って出かけた懐かしいお祭りの匂いが漂っていて思ったよりも楽しめました。また、国外からわざわざVasarに合わせて帰省する人達もいるので、祭り会場のあちこちで思いがけない再会を果たしたりする事も。夏の星空の下で芸術を楽しみのも風流だけれど、出店をひやかし久々に帰郷した友人知人との再会を楽しみながらVasarの会場を練り歩く、というVasarの光景が私の中でボスニアの夏の風物詩の1つに定着したようです。

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住宅街のど真ん中で行われるVasar。お祭り騒ぎは夜中まで続くのでVasar期間中周辺の人は寝不足気味と思われ・・

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大型テーマパークと比べたらちゃちいですが、様々なアトラクション大集合。

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父子親連れの間では一番人気らしいバイクサーカス。題して「死の壁」

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また色とりどりの綿あめです。これをつまみながらVasarを散策。但し混雑の中他人にくっつかないよう注意しないといけません

ところで、相互リンクして頂いているモンテネグロはコトールにお住いのmaityさんがブログ「コトールびより」内でコトールスキ・フェスティバルについてレポートして下さってます。こちらは子ども向けの要素が強いようですが、maityさんも大いに楽しまれたフェスティバルの様子が詳細に綴られてますよ^^

(追記2:かなり睡魔に襲われていたと見えかなりの箇所に誤記を発見しました。大変失礼しましたm(__)m)

2006年06月27日

聖母出現!から25年

オシム氏日本代表監督就任の一報が影響してか、先週末からオシム氏や日本代表のキーワードからこのブログを訪れてくださっている方も多いようですね。
でも、今日は久々に現地ネタで行こうと思います。

=============

現地紙「Nezavisne Novine」によるとボスニア南西部の街・メジュゴリエに聖母が出現してから25周年という事で、ここ数日間で世界各地から10万人にも上る巡礼者がかの地を訪れているそうです。

メジュゴリエに聖母が現れたのは1981年6月24日。現地の6人の子ども達によって目撃されたと言われています。その際聖母マリアは↓のような姿で現れたのだとか。

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聖母を目撃した6人の子ども達(当時)
写真はガイドブック「Medugorje」より

私も今年の春に訪問する機会がありましたが、その際にはバスで街を一周しただけだったので出現した場所は直に見る事はできませんでした。ただ、すれ違うバスのカーナンバーを確認するだけでもイタリアだったりポーランド(!)だったりと、遠路はるばるいらっしゃる巡礼者の方が多いですね〜。カトリック信者の方々にとっては巡礼地としてかなり名が通っているという事を実感しました。

私がメジュゴリエを訪れた際にはボスニア人のガイドの方がついていたのですが、彼曰く「メジュゴリエはフランスのルルド、ポルトガルのファティマと共に欧州で3本の指に入る聖母の出現地」との事だったのに、このブログを書くにあたりウィキペディア内「聖母出現」の項で確認した所では、欧州内でかつカトリック教会公認の出現地は9箇所もありました。肝心のメジュゴリエは「カトリック教会未公認の出現地」の1つに挙げられています。それにしても世界中で見ると公認・未公認合わせて数千の聖母出現地があるんですね!日本でも津和野、秋田、仙台が出現地として紹介されています。

メジュゴリエでの短い滞在の間にお約束(?)でガイドの方の知人が働いているお土産屋さんに導かれ、「どの宗教にかかわらずメジュゴリエで何かを買うと御利益がある」という言葉に「ばっちり土産屋トークだな〜(^^;)」と苦笑しつつもメジュゴリエのガイドブックとクロスのペンダントトップをお買い上げしてしまった私なのでした。まあ、両方とも常々欲しかったり必要なものだったので、御利益につられての衝動買いではないという事にしてくださいね☆

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御利益のほどは?!

2006年01月07日

今更クリスマス?って今日が本番ですよ☆

年が明け早一週間が経とうとしておりますが、未だクリスマスの話です(汗)
というのも、今日はセルビア正教のクリスマスだからです。
時間に追われなかなか文章がまとめられないので
クリスマスツリーは世界を巡る?、という事で
日本出発前にザグレブの空港で撮影したツリー&羽田空港で見つけたツリーを紹介したいと思います。

<ザグレブ空港にて>
明るさが足りず上手く写せませんでしたが、それほど広くない空港内に数多くのツリーが飾られていました。(私信ですが、このみのママさんもこれらのツリー見かけたかな?)
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<羽田空港>
ANAのポケモンツリーです。空港内にはもっとステキなツリーもたくさんありましたよ。
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<おまけ 我が家のツリー>
基本は100均のツリーですが、私が子どもの頃に使った飾りなども使ってどうにか見られるツリーに変身!
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世界を巡ると銘打ったのは、わはは大空さんがドバイのツリーを紹介していた記事にトラバしてみたためです。こちらではドバイで飾られていた見事なツリーの数々が御覧になれますので、一般的にはやや時期外れですが、是非御覧下さいね〜。


http://ddashkibun.exblog.jp/2282259#2282259_1


2005年10月30日

Iftar box

10月14日付のブログ(「ラマダンと正月がやって来た!」)でも紹介しましたが、現在イスラム教徒の方々は断食月(ラマダン)の真っ最中です。但しボスニアでは全てのイスラム教徒の方々が断食を行っているわけではないようで、ラマダンの1ヶ月間気合を入れて断食を行うお嬢さんがいるかと思えば、状況によって断食を免除されている人々もいるし、「俺はタバコがやめられないから(確かラマダン期間の日中はいかなるものも口にしてはいけないはず)」といった理由で初めから断食を行わない人もいて、ラマザンに対する意気込みは人によって様々。以前ラマザンの時期に入った仕事の日程に訪問先での昼食が組まれていたのですが、食事を共にしたイスラム教徒と思われる現地女性は「私のボスはラマダンをする必要がない宗教の方なので・・」という理由で会食の席に同席していたようです。この時は日本側のクライアントの方がラマダンの事を気にしていたので尋ねましたが、普段は親しい間柄であってもこちらから積極的に質問するのは少々気が引ける項目ではあります。

さて、前述のブログでは「Iftar=日没」としましたが、単に日没ではなく「断食後(日没後)の食事」を指すのが正しいようで、ある女性雑誌の予告にも「Iftar za 10 minuta(10分で出来るイフタル)」という見出しがありました。食事といえば、以前某航空会社に勤務されていたはびびさんのブログにラマダン中の機内食について紹介されていました。イスラム圏にフライトを飛ばしている全ての航空会社がそうなのかは分りませんが、彼女の会社ではラマダン期間中「Iftar Box」なるものが配られていたそうです。これは断食の時間終了後に食事が取れるようにとフルーツや飲み物などがパックされたものとの事ですが、こういったラマダン仕様の機内食がない会社を利用するイスラム教徒の方は日中の機内食どうしているでしょうか。Iftar Boxはなくてもイスラム教徒用の特別食をリクエストできる会社は多いでしょうから、ラマダン期間中にイスラムミールのリクエストが出た乗客の方にはIftar Boxに似たサービスがあるのかも知れません。それにしても断食にちなんだものだけではなく、フライトの目的地や客層によって独自のサービスや光景を目の当たりにするのは非常に興味深いですね。残念ながら私が主に利用する欧州系の航空会社ではその会社(乗客層)ならでは、というのが余り見られず残念なんですが、日本発着便では日本食が出たり、途中でおにぎりやカップラーメンのサービスがあるのは少数派の外国人乗客にとってはこの路線ならでは、と新鮮にうつるのでしょうか?

さて、先日もイスラム圏に在住の方と話していて一口にイスラム教徒と言ってもそれぞれにお国柄があるな〜と感じたのですが、はびびさんが滞在されていた国では異教徒の人も外での飲食は出来ない一方で、ここボスニアではイスラム教徒の多い首都・サラエボでもたまに「ラマダン中は日没以降営業開始」というカフェは見かけた事はあるものの、そこまでの制限はないようです。

2005年10月04日

ラマダーンと正月がやって来た!

今日イスラム教の断食月(ヒジュラ暦9月)ラマダーンが始まりました。ちなみにボスニアではRamazan=ラマザンと呼ばれています。日本のイスラム教徒の間では新月が確認できた翌日からラマダーンがスタートするようで、今晩のNHKニュース10でも都庁をはじめ国内20ヶ所で新月が見えるか確認している様子が紹介されていました。日本のいずれかの都市で新月が確認されればそれがラマザン開始の合図になるそうなのですが、結局新月の姿は一箇所も捉える事ができず、結局日本から最も近いイスラム国・マレーシアの天気を判断材料に5日からラマダーン開始が決まったとの事。
ボスニアも日本同様国内各地のイスラム教徒が新月の姿を今か今かとやきもきしながら待っているのだろうか、と思っていたところ、同ニュースによると国によっては新月の確認有無に関係なく最初からラマダーンの開始日を決めている国もあるそうです。ただ、ボスニアがどちらをラマザン開始の基準に据えているのかは私の知識の範囲外ですが。

ラマダーン中は日の出(Vrijeme sehura)から日没(Vrijeme iftara)まで飲食を一切経つ事になっているのは御存知の方も多いかと思いますが、同じ国内でも日の出と日没の時間に多少の時差がある事はつい最近になって知りました。ラマダーン開始の今日(4日)を例に取ると、サラエボの5:06AMを基準に-4分(5:02AM)から+11分(5:17AM)の間に日の出を迎え、同じくサラエボの6:29PMを基準に-4分(6:25PM)から+9分(6:38PM)の間に日没を迎えるといった具合です。参考までに私が住んでいるデルベンタはサラエボから遅れる事3分で日の出を、そして日没は1分遅れで迎えたそうです。我が家から街のジャミヤ(モスク)は徒歩10分程離れている為気が付きませんでしたが、きっと6:30PMには日没の合図である花火が打ち上げられ、市内のイスラム教徒に断食の終わりを告げていた事でしょう。

盆と正月という例えはちょっと適さないかもしれませんが、ラマダーンと共にやってきたのがユダヤ教の正月「ロシュ・ハシャナ(Ros Hasana)」。他の3宗教(カトリック、セルビア正教、イスラム)と比較すれば信者は少数ですが(某所で確認したところボスニア全土で約1000人との事)、ボスニアにおける主要な宗教として名を連ねています。ユダヤ暦では西暦に3760年足したものが年数になる為、今日はなんと5766年の正月!新年を祝う為の様々な風習の中に、様々な甘いものを食するというのがあるそうですが、これには「甘い良い年」になるように(りんごを蜂蜜に蜂蜜をつけたものを食べる)、「甘く実りのある年」になるように(ザクロを食する)を意味するようです。これに対し日本の御節料理に使われる食材にはどんな願いが込められているのか、改めて調べてみなければ・・・

異なる宗教の2つのお祝いについては勿論国内のマスコミでも取り上げていましたが、TV局でもBHT1(ボスニア全土で放映されている公共放送)ではニュースやトーク番組内でジャミヤからの中継を交えたラマダーン開始のニュースをメインに持ってきたのに対し、RTRS(スルプスカ共和国)の夜7時台のニュースでは逆にラビのコメントやロシュ・ハシャナの習慣を中心に紹介する内容でした。スルプスカ共和国にユダヤ教信者が多いという事でもないのですが、BHTがラマザン中心の報道だったので、バランスを取ったという見方をしてよいのでしょうか?それはともかく、ボスニアという国は様々な宗教のバックグラウンドを持った国だという事を再認識した1日だったのでした。

<追記>最近の事だと思いますが、ボスニア公共放送サービス(PBS)のサイトにマルチ宗教カレンダー(10月/11月分)がUpされています。ラマダーン期間中の各地の日の出と日没の時間もチェックできますので興味のある方はどうぞ
http://www.pbsbih.ba/medjureligijski_kalendar.html

2005年08月15日

GospaとGospojina

ボスニア国内のカトリック信者(大半がクロアチア系住民)にとって、この日はVelika Gospa聖母被昇天の大祭日)を祝う1日です。
同じキリスト教でもセルビア正教では13日遅れで、28日にこの祝日が巡ってくるのですが、同じく聖母マリヤが被昇天された日であっても呼び名は「Velika Gospojina」。ちなみに正教における日本語での呼称も調べたところ、こちらもカトリックとは異なり「生神女(しょうしんじょ)就寝祭」となるのだそうです。

ちなみにこの祭日私が住んでいるデルベンタとは縁が深く、毎年この日を中心に数日間街を挙げてのお祭りが催されます。子どもが生まれる前は人ごみの中注目を浴びながら歩くのが嫌だったし、子持ちになってからは毎年日本で一夏を過ごしていたので、ここに移り住んでもう7年になろうというのに祭りを練り歩く機会は皆無だった私。今年は行かないとダメかな〜と諦めの境地に入っております。
でもわざわざ会場まで足を運ばなくても夜半まで音楽ガンガン聞こえてきますから、祭りの雰囲気だけは期間中タ〜ップり味わえます。更に祭り会場へ給水が優先される為普段より断水が多くなり、サバイバル気分も満載で心弾む、なわけないだろっ!!!

2005年08月03日

お祝いのカタチ〜お誕生日編〜

この日はカフェで催されたバースディパーティーに出没してきました。
会場に向かう途中で突然の雷雨に見舞われ、当初カフェの中庭で予定されていたパーティーも、屋根があるにも関わらず、急遽屋内に会場変更。
折角パーティー仕様にデコレーションされた会場なのに・・と恨めしげに窓の外を眺めていると、今度は突如こんなもの↓が空から落ちてきました

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誰かが外から拾ってきて皆に回して見せてくれたけど、飴玉よりも大きいサイズでした。デカいです。

幸い暫く後に天気も回復したので、1ドリンク飲んだ後に屋外へ移動。
子どもにはピッツアが出たけど、大人はひたすらドリンクオーダーの繰り返しで、今日は飲み倒れか、おい?とやや食傷気味にソフトドリンク連続オーダーを重ねていると、やって来ました、肉のミックスグリル!さすが肉屋の娘の誕生パーティーです。これにピッツア生地で作ったアツアツのポガチャ。(毎度お馴染みAn-chanさんがブログ内でポガチャについて詳しい説明をされております)ここにマーガリンやチーズがあったらもっと幸せだったんだけど、なんて贅沢な事を言う前に、十分満ち足りていた私なのでした。
ミックスグリルの変わりどころではベーコンに鳥の砂肝を巻いたものを発見!

新たな食感との出会いでございました・・(以下略)


パーティーでは特に子ども向けのゲーム等が準備されているわけでなく、子どもはそれぞれ勝手に遊び、大人は大いに飲み食べる、と大小それぞれ勝手気ままに楽しんでおります。我が家のみっしゅ(仮名)は恐る恐るお兄ちゃん、お姉ちゃんが多くを占める輪の中に入っていきましたが、カフェのオーナーの息子くん@1ヶ月違いに殴られ、一時退散。しかし、すぐさまダンナの友人の娘@みっしゅと3ヶ月違いがすかさず制裁を加えに。やっぱり女の子は頼もしいね〜(あれ?)そんな情けなさっぷりを垣間見せつつも、いつの間にかドサクサにまぎれて遊びの輪に加わっていたみっしゅに一安心(^^)
そんな中、唯一ともいえるメインイベントはケーキカット。ケーキを囲んでお誕生日を祝う歌を皆で合唱し、ロウソク吹き消して、終了〜♪(早っ!)

rodjendan.jpg

ケーキのお味に関しては、ノーコメントです。
(このあたりで食に対するテンションが著しく低下中です)

参考までに、昨年末に招かれた誕生パーティーのケーキと
我が家歴代のケーキも披露〜☆

andrej.jpg

これ、パーティーが開かれたカフェ(↑のカフェとは別会場)にあるビリヤードをモチーフに作られたケーキ。ロウソクだけじゃ物足りず、花火にも点火しております(@0@)

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怪しさでは市場に出回るニセピカチュウに負けず劣らずの怪しさを醸し出しているピカチュウ@デコペンペイント初挑戦作品(左)と、成り行きで予定変更し連結した新幹線と化したケーキ(右)
<業務連絡:わはは大空さん、あの時の新幹線は最終的にこんな仕上がりとなりました。中途半端な状態のままお出しして本当申し訳ない! >


デコレーションケーキを購入した事がないので気が付きませんでしたが、先日結婚特集の記事に目を通していたら、ケーキってデコレーションタイプの場合大きさではなく、重さ単位で値段が決まるのだとか!(他のサイトを拝見しているとイタリアでもキロ売りのようです)確かボスニア生活最後でデコレーションケーキを購入されていたわはは大空さん、その辺り如何でしょう?
(大空さん、話振ってばかりですみません〜m(__)m )

ケーキの話はさておき、誕生日でも1才の誕生日は初めてのお祝いという事もあって盛大な宴を催します。リンク頂いてるSnow62さんのブログでも娘さんの初めての誕生日に関する記述がありますが、ゲストを招くにあたって日本のように出前や惣菜を利用する事はまずないのでホストが全て準備しないといけないし、かといって手間を省く為にカフェやレストランを利用すると出費がバカにならない。お金を掛けても、掛けなくても人をもてなすというのはやっぱり何だかんだ大変なのです。勿論子どもの成長に関わってくれた人々と分かち合える喜びはプライスレスだし、そういうお祝いの手間をわずらわしいと考えてはいけないのでしょうけどね・・本音としては、大変なのは大変なのよ。



2005年07月29日

死〜いつかは迎える日〜

昨日の夕方、一週間程前に4度目の脳卒中で倒れ
ここ数日がヤマだろう、と思われていたダンナの叔母が亡くなりました。
今回の脳卒中はこれまでで最も重い症状で
薬剤師をしている彼女の娘も「今回は、もうダメかもしれない・・」と
話していたので、皆心の準備はそれなりにできていたとはいえ
実際に亡くなってみると、その人がどれだけ私達の中に
存在感があったのか、という事に改めて気づかされますね・・

そんな事をシミジミ考えているのは私位で
ダンナを含め親戚の面々は、この猛暑の為今日の午後行われる事になった
葬儀に向けて急ピッチ会場設定やら、親戚(これがまた多い!)への
電話連絡等に追われております。
今朝も朝からダンナは叔母の家がある近郊の村へ向かい
我が家には先程チラっと顔見せに来た位。
なんせその村には商店が無い為、必要なものが出てくるたびに
結局車で20分程かけてデルベンタまで出てこないといけないのです。
ダンナがデルベンタに戻って来たのは、葬儀に必要なものを手に入れる為と
Smrtovnicaと呼ばれる死亡知らせを街の各所に掲示する為でした。
(※相互リンクさせて頂いているAn-chanさんのブログでは「Umrlica」と呼ばれてます。
この詳細は彼女が詳しく解説していますので、そちらをどうぞ)

亡くなるまでの60数年間、休む暇もなく働いて、口数も少なく
人生の楽しい部分を見ないまま、亡くなっちゃったんじゃないかな、
というのはダンナの言葉だけど、
イースター休暇で隣国セルビアから戻って来た
息子と過ごしていた際、いつになく嬉しそうだった顔がとても印象的だった私としては
(いつも控えめ彼女なだけに、余計印象深く残ってる)
楽しい部分はやっぱりあったんじゃないかと思ってる。
でも、彼女が愛した息子も彼女の死に目には間に合わなかった・・・
それでも、自宅で夫や他の子供、孫達に見取られながら息を引き取ったのは
最期の形としてはやっぱり幸せだったんじゃないかな、と。
勿論これは生きている側の勝手な憶測だし、自分が亡くなる時は
どう思うのだろう・・などと、暑さで溶けかかった脳を活性化させながら
色々思いを巡らせてしまいました。
ちなみにこちらではもう手の施しようがない場合、
自宅で過ごさせるケースが多いそうです。

本当は最後のお別れをする為葬儀の前に顔を出そうと思ってたんだけど
足となるダンナが方々に走り回っている上、この暑さで幼い息子を
連れて行くのはやはり難しいので自宅待機になりました。
葬儀後に泊まりに来る彼女の息子一家を迎える為
家の掃除をしながら、彼女の冥福を祈っていようと思います。

<追記>
@当初An-chanさんのブログにトラバさせて頂いたのですが、どうも上手く反映されない
ようですので、記事へのリンクは残し、トラバは外させて頂きました。
An-chanさん、ごめんなさい。

A同じく相互リンクさせて頂いているわはは大空さんのブログには先々月お亡くなりになった
 お父様の供養について記述されてますが、日本にも○回忌だけでなく、色々と細かく
 供養の儀式があるのですね。色々参考にさせていただいたのですが
 中でも「初立の日」は印象に残るよいお話でしたのでこちらの方トラバさせて頂きました。 



2005年07月17日

Let's get married in BiH 〜part1〜

今日、近所の息子さんが結婚式を挙げました。
というより、現在進行中です。
式の進行状況は会場に行かなくても分ります。
なぜなら我が家の向かいに面するハンドボール場(というのか?)
が会場ですから。
このハンドボール場、かつてコンサート会場になった事はありますが
披露宴の会場として使用されるのは私が知る限り前代未聞です。
現在、現地時間で11:30pmを廻っておりますが
生バンドの演奏最高潮です。
新郎と同じアパートの住人(これも会場と目と鼻の先)も
ご近所の慶事とあっては大目にみているのかと思いきや
両耳塞ぎながらベランダに出てきた少女@アパートの住人を発見。
式中ノンストップで演奏しているわけではなく、時折休憩が入りますが
多分夜中過ぎまでライブ状態でしょう。(但し誰が歌っているのか不明)
聞くに堪える演奏なので、曲によっては私も密かにノッております。
ちなみに家の寝室、会場に最も近い場所に面してますから
会場を除いては特等席かもしれません。(しかも窓開けてます)
息子は夢の中でもノリノリかもしれません。
音に敏感な番犬リキは何故か不気味なくらい静かです。
うるさいけど自分と飼い主に危害が及ばなければどうでもよい位に
思っているのかもしれません。
とりあえず、祝いの祝砲さえ轟かなければ、大人しくしている事でしょう。

現在のBGMは本日3度目の「Djurdjevdan」@会場大合唱となっております。
祝いは続くよ いつまでも〜
♪Evo zore evo zore bogu da se pomolim・・

2005年07月12日

愛・地球博のボスニア・ヘルツェゴビナは・・

日本国内でボスニア・ヘルツェゴビナ(以下BiH)を
知る機会ってヒジョーに少ないですが
現在行われている愛・地球博では会場内のコモン3に
BiH館が入っております。
と、ここまでは以前のブログでもお伝えしたと思いますが
日本の身内や友人達がちらほら立ち寄ってくれているようなので
BiH館の全貌?が明らかになってきました。
でも、その印象は

「地味」

この言葉に集約されてしまうようです。たらーっ(汗)

BiH館は暑い中会場内を歩き廻った後に休憩がてら入館し
自然の美しさを紹介した展示物に癒される。
そんな立ち寄り方が良いのではないでしょうか?
なんかその存在自体が、旧ユーゴ(もしくは欧州)旅行の
途中で一瞬立ち寄られるBiHを反映してるよな〜と
思ったのでした(^^;)
BiHだけ目的に旅をする人って殆ど見かけないものね。

ボスニアって多忙な生活の中でゆっくり癒されたい人向けの
旅行先としてお薦めしますが
住人として住み着くと遠くない将来に飽きが来ると思われます(爆)
とかいいつつ、それなりに生活を楽しんでますが
BiHに限りませんが住んでる場所が「都」となるか否かは、
生活に何を求めるか次第なのでしょうね。

<今日のトラバ>
今日のブログはbonnacatさんの「コモン3:ボスニア…間違い?」
トラバさせて頂きました。
読んでいただければ分りますが、あの表示では一瞬「?」と思うのも無理ないっす。

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