2006年04月25日

MY BIG FAT GREEK WEDDINGを観る

ネタが多すぎるイースター関連の記事は追々Upしたいと思いますが
正教繋がりという事なのでしょうか、イースター当日の午後にRTRS(スルプスカ共和国放送局)で「MY BIG FAT GREEK WEDDING」が放映されました。ちなみに現地語タイトルは「Moje (Veliko)Grcko Vencanje」です。

低予算で制作された映画にもかかわらず全米で大ヒットした作品との事で既に御覧になられた方もいるかと思いますが、ざっとあらすじを紹介すると、30歳になるギリシャ系の女性・トゥーラが運命の男性イアンと出会いプロポーズされますが、ギリシャの伝統を頑なトゥーラの家族に結婚を認めさせるまでにイアンが数々の文化習慣の壁ををクリアしていく、といったストーリーです。

ストーリーとしては典型的なラブストーリーなのですが、ギリシャ人とセルビア人のメンタリティーの相似性が私とダンナのツボを見事についた映画でした。(Opa!も連発してるしね)
特にトゥーラの親族一同がイアンを熱烈歓迎するシーンにはあれは私がダンナ宅を初訪問した時を重ね合わせて爆笑。実は、日本からやって来た将来のSnajka(親戚の嫁)候補を一目見ようと、到着した当日からダンナの親戚、知人、友人がひっきりなしにやって来て、30時間の旅の末に疲労困憊でまともに目も開けていられないのに、ゆっくり疲れを取る暇さえなかったのでした。
見知らぬ土地で暖かい(情熱的な)歓迎を受けるのは嬉しいものですが、それを好意的に取れるかどうかは時と場合にもよるかもしれません。後に知人の1人も「全く私達は人が来たら即座に飛びついていって普通に挨拶が出来ないんだから・・」と苦笑してましたから・・(これは当時の私の胸の内を代弁する言葉でもあります)
それから、べジタリアンのイアンに対するトゥーラの叔母のセリフ「肉がダメなら”羊”があるから大丈夫よ」、この映画中一番の名(迷?)文句です。
以前ベジタリアンの友人と入ったレストランでウェイターに「肉がダメなら鳥がありますよ」とマジ面で言われて大コケした事がありましたが、羊は・・・肉だろっ、肉!!(爆)


さて、愛するトゥーラと結ばれる為にイアンはギリシャ正教に改宗するなど、自分の育った環境とは全く正反対のギリシャの習慣を受け入れていくのですが、どこかで無理が来て感情が爆発して一時はトゥーラとの関係も危機的状態に陥るが結局はハッピーエンド、というストーリー展開をイメージしていたのは大外れ。少なくとも映画の中では愛の為に何の抵抗もなく淡々と相手の伝統や文化を受け入れていく男性にしかみえず、ちょっと現実の国際結婚(恋愛)からはかけ離れている感が拭えませんでした。自分とは異なるものも「違い」として受け入れる事ができる「大人」な男性なのかもしれません。どんなに相手を愛していてもその背景にある文化や習慣、地域性を受け入れるまでには多少の葛藤は生じるものではないかと思うのですが。

この映画は実話に基づいて制作されたものだそうですが、イアンのモデルになった男性も大きな戸惑いを感じる事なくギリシャの文化習慣を受け入れたのでしょうか?
文化が異なる中に飛び込んでいく際には、違いに一々拒否反応を起こさずに受け入れるだけの度量を持っている事が理想だし、自分が育った環境との違いを嘆いているより、自分に合う合わないは別として、そういう文化もあるのだ、という事を受け入れる事は大事だと思いますが、それでも尚私にとってイアンは余りにも優等生な人間像に映ったのでした。

映画としては女性ではなく男性がパートナーの家に「染まっていく」過程を描いているのが新鮮に映りました。こういった男性像をブラウン管で見るのはサザエさんのマスオさん以来かも(?)
 

posted by Mic'o at 21:35| Comment(7) | TrackBack(0) | BiHココロのメモ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私たちもこれ、一緒に見て大笑いしましたよ!
私たちのツボにはまったのは、トゥーラのお父さん。
「世の中には2種類の人種しかいない。ギリシャ人と、ギリシャ人になりたいその他の人たちだ」というのが一番の大ヒットで、その後数ヶ月はこの台詞使わせてもらいました。ギリシャをセルビアに置き換えて。
何かというと、セルビア!セルビア!というおじさんたちが多かったので(どこの国もどちらかというと女の人のほうが他文化への適応力は高いみたいですね)、「まったく、あなたたちセルビア人は世の中には2種類の人種しかいないと思ってる・・・」って。
ここまで書いたところでマから電話が来たので、Mic'oさんがこのギリシャ人たちとセルビア人が似てると書いてることを話したら、大笑いしてました。
Mic'oさんのご主人はイアンとトゥーラどちらに共感してましたか。私はイアン、マはギリシャ人全部みたいな感じでした。でもイアンは確かに優等生過ぎですよねえ。
Posted by デベラ at 2006年04月26日 00:16
私も以前に見たよー。
探したら、その当時のブログ記事がでてきた。http://baa.tagengo.com/?eid=289164#comments

私も終わり方になんかしっくり来なさを感じたよー。これってハッピーエンドなのかなぁ?って。第二話があってさらに混乱しながらも乗り越えて行く、というのならいいかも?しれないけれど、あれで話が終わりというのはあまりにも安易というか・・・。

たしかに、セルビアもすごそうだねー。ほほほほ。
Posted by ばぁちゃん at 2006年04月26日 14:33
>デベラさん

あはは。セルビア人とセルビア人になりたい2種類の人種ですかー。結婚してから「最近はお前もホンマモンのセルビア(セルビア人以外からはボスニア)妻になってきたな」とお褒め(?)の言葉を頂きますが、どこまで習慣や言葉に馴染んでもやっぱり私は日本人だし、この言葉自体は「慣れない土地でがんばってるな」という意味でありがたく受け止めようと思うけど、日本人としてこの部分は譲れない、ということは沢山あるし、セルビア(ボスニア)人の皮を被った日本人位で勘弁して頂きたいと思います。

でも、トゥーラ一家もそうだけど、国内にいる人達より国外に出た人達の方が文化習慣を頑なに守ろうとする傾向にあるのは気のせいでしょうか?ギリシャ人も本国の人達は総「トゥーラパパ(ママ」なのかな?確かアテネ市長だったか女性だったと思うのですけど、トゥーラパパの考え方が国民に浸透していたら市の頭に女性を持ってこないんじゃないかなー?まあ、トゥーラパパの場合は極端なキャラだったという事もあるんでしょうけどね。

>ばぁちゃん

もう旅から戻ってきたのかな?

結婚式のシーンはちょっとジーンとしたけど(いろいろ結婚に難癖つけながらも娘の幸せを願うオヤジの姿とかね)でも、お互いに歩みよって文化の違いを乗越えてというよりは男性だけが女性の家庭に染まっていく、というのはやっぱり納得できないなー。留学の際に渡された冊子(オレンジ色のね)「違いをそのまま受け入れる」事の大切さを説いていたと思うけど、一年の留学期間だったら受け入れられても、それが一生自分の生活の基盤となるとしたら拒
否反応が出ることだってあるし。

私達はビザ切り替えの関係で義父の喪中に結婚したし、それ以前に2人とも延々に飲めや歌えやの宴は好きではないので、自身の入籍の際にはセルビアの「Big fat wedding」は経験しなかったんだけど、デルベンタに来たばかりの頃にダンナの友人の結婚式に参加したらこれが延々と内容のないダラダラとした宴会でゲッソリしました。それでも私は12時(夜中のね)に解放してもらえましたけどね。
Posted by Mic'o at 2006年04月26日 16:26
この映画は見たことないけど文化の違いを淡々と受け入れていくっていうのは、確かに非現実的。。。
面白いなあって受け入れたり、拒否したくなったり色んな感情が出てくるものだと思うけどね。
同じ国内でも私なんて「おい!」って思うこと続きなのよ〜。
映画見て勉強しようかしら。みーちょさん夫婦を重ねながら。
Posted by シナモン at 2006年04月27日 14:04
>シナモンちゃん

国内でも自分の街から一歩出れば(街の中でも?)何かしらの違いはあるよねー。私達が若かりし頃(笑)住んでた周辺も色々とあったよねー。土地の掟が・・でも、たった数年の事だからやり過ごせた事でも、その土地(家)根付いた人間として一生そのしきたりを守っていかないといけないと思うとさー、い色々と複雑な感情も湧いてくるよね。私は結婚前から旧ユーゴを何度か訪問したり、ホームステイして一般家族の生活なんかも垣間見てたから、結婚してもそれ程カルチャーショックはないかなーと思ってたけど、やっぱり「通りゆく人」である事と、その土地の人間と家族関係を持つ一員という立場では義務感も異なってくるし、文化というよりは自分の立場の変化に馴染むまで時間が掛かったかも。

映画では男性が女性の文化を一方的に受け入れていくのだけど、女性も映画の冒頭ではギリシャのしきたりに疑問を持ち30歳にしてカレッジに入学したり、自分のルックスを変える努力をしたり、長いこと縛られていた価値観から抜け出す努力をしてるんだよね。だから、ギリシャにどっぷりつかった結婚生活であっても、彼女がダンナさまと家族の間の仲介役を務めながらうまくやっていくんじゃないかなー。(実話だからどうなってるのか楽しみ)
映画の2人にウチら夫婦を重ねられると、ダンナも映画の男性のように大人じゃないし、私自身も正教に改宗してないし、あんなに従順に異文化を受け入れてるわけじゃないからちょっとイメージ違うかも(^^;)
Posted by Mic'o at 2006年04月27日 16:03
初めまして、ギリシャ在住のchottocafeです。ずっとボスニアというのでちょっと興味があったのですが、今日初めてお邪魔してみました。そうしたら、偶然にもギリシャに関する映画の記事も見つけてしまったので、ここへコメントを。
唯一のボスニアとの接点は、初めてギリシャ語を勉強したときに、大学にボスニア出身の若い男の子がいて、彼は古代ギリシャ語を既にマスターしていたので、現代ギリシャ語もやすやすと操っていたんです。ユーゴスラビアの時代で、一人はセルビア正教の司祭さんもいました。政治問題について絶えず議論していたのを覚えています。

ギリシャはイタリアと違ってバルカン半島とのかかわりがやはり大きく、企業が進出したり、ニュースになったりで、バルカンの話題を聞く機会が多いですが、特にボスニアというところの実生活などは想像もつかないので、ちょっと知りたいなと思っていました。

これからもいろいろな記事を楽しみにしているので、少しずつボスニアの生の生活を教えてください。

それからぜひリンクさせていただきたいなと思ったのですが、よろしければお返事ください。これからもよろしくお願いします。
Posted by chottocafe at 2006年05月05日 07:18
>chottocafeさん

こちらこそはじめまして。ご訪問ありがとうございます☆

私が住んでいるのはボスニアでもセルビア人(セルビア正教徒)が多数を占める地域なんですが、内戦後(内戦中もかな?)正教繋がりということか色々な援助がギリシャから送られてきましたよ。また、物的援助だけでなく内戦で肉親を亡くした子達がギリシャの家庭に短期間ホームスティさせてもらうこともあり、父親を亡くしたダンナのはとこも何度かその制度でギリシャを訪れたそうです。
夫は学校勤務なのですが、数年前の修学旅行ではバスで丸1日掛けてギリシャに行きました。1日をバスで過ごすのは大変だけど、欧州は地続きなので時間さえ掛ければ陸路でどこにでも行けるんだな〜、と感心したのを覚えています。

映画は誇張されている部分も多いのでしょうが、「My Big〜」と観るとギリシャと旧ユーゴの人達のメンタリティーは良くも悪くもかなり似ている気がして親近感をもちました。先程chottocafeさんのブログも拝見したのですが、ギリシャでの日常生活の情報がみっちり詰まっていて、映画では観られなかった共通点なども見つかるかなーと楽しみにしています。

リンクはもちろん大歓迎です☆こちらからもリンクさせて頂いて宜しいですか?

Posted by Mic'o at 2006年05月05日 17:11
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。