2006年03月30日

雪の降る夜はペチカとアイス?!

本日のブログはルーマニア在住へーどーさんの「鼻の下もカピカピになりました」にトラバさせて頂いてます。

旧ユーゴに住んでからというもの「冷え」に繋がる事に関して神経質な程に注意を受けるようになりました。家の中を裸足で歩いてればすかさず「スリッパを履きなさい!」と声が掛かるし、冷たいもの(特に炭酸入り)を喉に流し込んでいると「喉をおかしくするからそんなに沢山飲むなよ!」と再びダメオシの一言が飛んできます。

裸足の方は我が家も何度か改装してタイル床の部分が多くなってきたこともあり、冷たいタイルの上を裸足で歩くのは確かに冷えに繋がりそうだ、というのは分ってきましたが(靴下だけではNGだと思われているらしいけど、その辺りは適当にしてます)、冷たいものについてはお腹を壊すならともかく、四季を問わず喉を痛める理由をそこに求めるのが未だに納得いかないのです。

なんだか腑に落ちない感が拭えないにも関わらず、日本に帰省の際子ども用にオーダーしたジュースの中に氷を見つけると、「なんで子どものジュースに氷が入ってるのよ!」と非難の気持ちが湧き上がって来るのは、私の中のボスニア人度は思うより早いスピードで上昇しているせいかもしれません。(恐ろしや・・でも私は国籍もアイデンティティーも日本人ですから!)
日本で子ども用のジュースをオーダーした際「お子さまの飲み物は氷抜きにしましょうか?」と尋ねてくれたのは、地元のミスドで働く店員さんだけでした。でも、彼女が気に掛けてくれたのは彼の喉ではなくお腹だと思います。

我が家ではボスニアの掟に反して息子に冷蔵庫から出したばかりの牛乳やジュースを与えていますが、同じ年頃の子どもを持つ知人宅では牛乳や水はともかく、カフェで頼むジュースさえ室温で保管されていたもの、冷蔵庫に入っていたものであれば湯煎で温めて出すようにと店の人に指示する有様。室温ならまだしも、湯煎で温めるって、哺乳瓶入りのミルクじゃないんですからー。
本音を言わせてもらえば、湯煎にかけたジュースって喉ごし悪そうです。
更に言わせてもらえば、いちいち飲み物を温めるのが面倒なズボラな母の下に育ったうちの息子は、花の様に大事に育てられている知人の子ども達よりも病気に掛かる頻度は少なかったりします。体を冷やさない事に細かい気遣いをするのは大切だと思いますが、暖房ガンガンの部屋で厚着させて、汗かいたまま外出したら風邪引くの当たり前ですって・・(--;)

前置きが長くなりましたが、1月に欧州を襲った大寒波の頃「ロシアでは記録的な寒さの中アイスが飛ぶように売れている」といった記事を目にしました。
東欧では喉を冷やさないようにと躍起になっている中、極寒の地ロシアで冷たいものの代名詞ともいうべきアイスを人々が好んで口にしている、という逆転現象が起こっていたわけです。
厳冬の折にアイスを食べるとおいしく感じる、という話は中学時代に図書館で借りた椎名誠さんの写真集「シベリア夢幻 零下59度のツンドラを行く」で初めて知りましたが、内戦前ロシアに赴任していたダンナの従兄弟も「寒い中で食べるアイスはうまい」と証言してましたし、ネットで在ロシア邦人の方のサイトを検索すると案の定、冬でもアイスの消費量は落ちない様子。ロシアの凍てつく寒さの中で生活しているとアイスなどもはや冷たいものとして認識せず、そう思えるには東欧の寒さは中途半端なのでしょうか。

ロシア人は鋼鉄並みの喉の粘膜を備えていると見ましたが、アイスを食べた後にウォッカを流し込めば喉元過ぎれば熱さ・・ではなく、アイスの冷たさも一気に吹き飛びそうですけどね(^^;)


2006年03月28日

春の息吹

先週末サマータイムに移行したのと前後して(日本との時差は7時間)、春の足音が急速に近づいてきました。もはや春というよりも初夏を思わせるような陽気で、長袖シャツにジャケットでは軽く汗ばむ程。それもそのはず、今日はバニャ・ルーカで22℃、サラエボでは20℃近くまで気温が上がったそうです。春というよりも初夏ですね。

約1週間前に雪の中凍えながら植樹作業をしたのが夢(悪夢?)の中の出来事だったかのようです。

何の植樹だったのかはまた改めて書く事として

我が家の庭にも花木の芽が顔を出したり、アリが地面を往来していたりと春の息吹を感じさせる光景が見られるようになりました。

pupopljakkroz.jpg

pupoljak.jpg

息子曰く「バラの赤ちゃん」、バラの新芽です。
近々一度剪定する必要があるようですが、今年も色とりどりのバラの花が我が家の庭に彩りを与えてくれる事でしょう。

2006年03月25日

<お知らせ>Magazin ALCに記事が掲載されました

語学の通信教育等でお馴染みのALCが発行している「Magazine ALC」4月号に私が執筆した記事が掲載されました。

今回担当させて頂いたのは、海外で子育てするにあたって役に立ったアイテム、制度、習慣等を紹介する「海外子育て三種の神器」というコーナです。
担当の方の許可を得てサイト上に記事をUpしましたので、もし興味がありましたら下記のURLの方へどうぞ

http://www.geocities.jp/prirodnaljepotabih/sannshunojingi.htm


telefon.jpg
<おまけ>
長電話好きなみっしゅ(息子@仮名)です。

2006年03月24日

ボスニア旅の道しるべ・サラエボ発着フライト増便情報

先日何気なく現地の日刊紙に目を通していたところ、サラエボ−ミラノ便が1日2便に増便されるとの情報をキャッチしました。
その後サラエボ空港の公式サイトでフライト時間をチェックすると、アリタリアだけでなく、ルフトハンザもサラエボーミュンヘン間の早朝及び夜間ののフライトを増便した事が判明。
これまで日本から往復共に同日接続できるのはオーストリア航空のみでしたが、今後は同社に加えルフトハンザ、アリタリアも往復共に日本便への同日接続が可能となった事で、時間に余り余裕のない旅行者の方にも航空会社の選択の幅が広がったのではないかと思います。

フライトスケジュール、並びに乗り換え地での待ち時間は以下の通りです。

<サラエボー成田>

オーストリア航空
OS760便 7:50(毎日就航)→OS52便 14:00成田行きに接続
(ウィーンでの待ち時間 4時間50分)

アリタリア(ミラノ便)
AZ487便 7:20(毎日就航)
AZ489便 12:10(毎日就航)
→共に AZ786便 15:20 成田行に接続
(ミラノでの待ち時間 AZ487便の場合6時間20分、AZ489便は1時間30分)

ルフトハンザ(ミュンヘン便)
LH3503便 7:05(火曜ー土曜)
LH3501便 12:55(土を除く毎日)
→共に LH714便 15:25 成田行に接続
(LH3501便の場合ミュンヘンでの待ち時間は1時間)

<成田ーサラエボ>

ルフトハンザ 

LH715便 成田12:05発→ LH3502便 サラエボ21:15着(土日を除く毎日就航)
(ミュンヘンでの待ち時間 2時間20分)

オーストリア航空

OS52便 成田10:40発 →OS759便 サラエボ21:20着(毎日就航)
(ウィーンでの待ち時間 4時間5分)

アリタリア

AZ787便 成田13:05発→AZ486便 サラエボ21:35着(毎日就航)
(ミラノでの待ち時間 1時間30分)


楽天トラベル 海外航空券予約

夏休み期間のチケット料金も発表されました

2006年03月23日

帰宅しました

通訳業務の為、一週間程ボスニア全土を一周してまいりました。
昨日(22日)の朝帰宅してから1日中頭はやけに冴えているのに肉体はほぼ完全ダウンという状態でしたが、今日は体と頭のテンションにバランスが取れてきました。
この一週間どのように過ごしていたのかは後日順を追ってUpします。

今回はまずMici'n Svijet kroz Teleidoskopから

starimostkrozkaleido.jpg

これはどこの風景かといえば

starimost20062.jpg


starimost2006.jpg

ボスニア南部・モスタール市のStari Most(スターリモスト)です。
内戦時に破壊されたものの、昨夏修復が終了した事に伴い世界遺産に登録された事はこのブログ内でも紹介しました。
ただ、残念な事に、今月初め、市内のスポーツチームのサポーターの仕業と思われる落書きが発見され、ニュースでも大きく報道されました。


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2006年03月07日

見直していくこと

2002年から毎年サッカー用品の寄付等サッカーを通じて援助活動を行っている「クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナを考える会(サッカーJ1セレッソ大阪サポーターの有志の方が運営している会)」のメンバーの方々が2月末に同地を訪れ、私もその際のお手伝いをさせて頂きました。これまでのボスニアでの活動では日本語通訳をつけずにやって来られたようなのですが、今回は援助の内容が現地のニーズにあっているのか、その見直しをする為サラエボで団体のサポートに携わっている方々ときちんと話をしたいとの意向で、私に通訳のお声が掛かったというわけです。
上記でも会名の部分にリンクを張りましたが、同会の活動に更に興味をもたれた方はhttp://realosaka.net/croatia/ へどうぞ

当日はサラエボのバスターミナルで同会の現地サポートを引き受けてくださっているセルモさん(セレッソ大阪でプレイしていたトゥルコビッチのお父様)と合流し、今回サラエボ入りしたメンバーの方々を宿泊先でピックアップしてボールの寄贈先の1つである知的障害児(者)団体や学校施設を訪問。途中サラエボ郊外にあるセルモさんの別荘を訪問したり、といつもの仕事とは違って和やかな感じで時間が過ぎていきました。

しかし、穏やかな内に仕事を終了するわけにいかず、今回の本題へ。セルモさん側にも会に対する要望があったし、会のメンバーの方も援助をより効果 的なものにするには方法を変えたほうがよいという思いがあり、この場で挙がった提案に対し両者の考えも一致。改善策にまつわる幾つかの問題をどうクリアしていくのか、そのあたりはまた当事者同士で話を詰めていく事になると思いますが、私も一応役目を果たせてホッと一息です。

私自身学生時代にボランティア活動に関わっていたり、他の活動を見ていて思った事ですが、趣旨や活動内容は評価できるものでも、長年同じ事をしていると馴れ合いが生じたり、本来の活動の目的から軌道が外れてくる事も多々あるし(本来の趣旨がおざなりになって単なる交流の場になっていたり、といった事・・)、ともすると現地のニーズに合っていない援助が続いたりという事にもなります。援助が最大に生かされる為にも、まだ現地の援助のニーズがあるのか、あるならば同様の援助でいいのか、それとも援助の形を相手側の現状に合わせて変えていく必要があるのか等、どんなに上手く行っている活動でも、見直しを行うことで自らの軌道を確認するという事が、現地で本当に求められている活動を行う上で不可欠だと思います。

今回ご一緒させて頂いた「クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナを考える会」の枡田さん、赤松さん、今回は日本とボスニアの交流に関わる機会を頂き本当にありがとうございました☆セルモさんもおっしゃってましたが、今度は是非気候がよい時の御来訪お待ちしております。

少しだけ、のろけさせてください(笑)

昨日は7回目の結婚記念日でした。

ruza2006.jpg



朝から大事な会議が立て続けに入ってたからとはいえ、頭から「3・6」の数字がすっぽり抜けていた事は、忘れていたことを正直に自白し花束を携えて帰ってきた事で帳消しにします。とはいえ、自分(+私)の誕生日を忘れてた過去があるので、妻がいる事自体忘れてても驚きませんが(それはマズイだろ?)
posted by Mic'o at 18:12| Comment(13) | TrackBack(0) | intermezzo(つぶやき) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ここらで本気を出してきた?!



毎年春に行われる「ユーロビジョン・ソング・コンテスト(以下ESC)」に今年はボスニアから「Hari Mata Hari」が代表として出場する事になりました。
出場自体は1月に決まっていたようですが(帰省中でニュースフォローしてませんでした)、「Hari Mata Hari」といえば、ここ20年ボスニアをはじめ旧ユーゴの音楽界をリードしてきた大物グループ。一昨年のDeen、そして昨年のFeminnenも現地では人気があるとはいえ、やっぱり格が違います。
しかも、今回は2年前のESC本選にてウクライナ代表のルスラナと熾烈な優勝争いを繰り広げたセルビア・モンテネグロのジェリコ・ヨクシモビッチが作曲で参加するなど強力なサポートも登場!ジェリコはESCで披露した「Lane Moje」でボスニアの人々を魅了したのをはじめ、Hari Mata Hari同様ボスニアの歌謡界では大御所の域に入るのディノ・メルリンと「Superman」を発表するなど、ボスニアではもうお馴染みの顔となっています。

昨日Hari Mata HariがESCで歌う楽曲を披露するイベントがサラエボの国立劇場で催され(TVでも生中継あり)、第一回出場のサバフディン・クルト(古きよき時代の音楽で、聞いていて思わずウットリ)やDeen、Femminenなども代表当時の曲を披露した後、ついに今年の代表曲が発表されました。
今年アテネ(ESCの会場)の地で欧州の人々の心を掴むだろう曲名は、「Lejla(レイラ)」。
レイラという名はエリック・クラプトンの「Layla」、香坂みゆきの「レイラ」(知ってます??私の記憶には何故か強烈に残っております)など他にもこの名を冠した楽曲がありますが、旧ユーゴ時代を含めボスニアがESCに送り出す楽曲でも今回のレイラは「2人目」で、1981年ダブリンで行われた大会でSeid Memicが発表したのが「初代」レイラだそうです。

ジェリコの楽曲らしく、しっとりとエスニック調のメロディーに仕上がっており、本番では民族舞踊など様々なパフォーマンスも加わるようです。TVではジェリコがバイオリン奏者を始動する様子も紹介されました。ボスニアとセルビアの2大ミュージシャンによるまたとないコラボレーション、聴かせるだけでなく、魅せるパフォーマンスを大いに期待したいと思います。尚、現時点でESCにおけるボスニアの最高成績は先に紹介したディノ・メルリン(&ベアトリス)の7位ですので、それを超える成績を残せるかも楽しみなところです。








posted by Mic'o at 04:27| Comment(5) | TrackBack(0) | BiHココロのメモ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月05日

陽だまりのないこんな日は・・

ここ最近雪の合間に晴れ間が広がるといった天気が続いています。
今週は水曜と金曜に青空が見れた他は雪もしくは曇りのどんよりとした天気で、
気分も自然と沈んできますね〜。
天気予報ではアレルギー等天気が心身に及ぼす影響も教えてくれるのですが、
ここ数日はずっとこんな感じ。
vrijemezasutra.jpg


こんな天気が反映してか私の心も波が立ちやすい状態ですが、
今日も1日ダルさを感じる1日になりそうです。
否定的な方向に視点が向かいそうな時ほど上手に気分転換しないといけないですが、
最近ハイペースでブログを更新しているのはそういった意味もあるのです。
(でも本来Upしなければいけない事がかなり抜けているかもしれない・・)

さて、金曜は陽に当たる貴重な機会を逃すまいと、近郊のレストランへ足を延ばしてきました。
レストラン所有の牧場で飼育されている羊達も、久々に草原でのびのびと草を食んだり、
日向ぼっこを楽しんでおりました。


maje2006.jpg

今年産まれた子羊と母羊 ぴったり寄り添っています☆

maje20062.jpg

ここにも親子数組、真中で一匹少し寂しげな子羊は手前の子と双子?
そうであれば、三代目マヤ(Maja)になる可能性高し
(※毎年双子で産まれた為に親から乳をもらえない子羊がいるのだが、
その子は代々マヤと名付けられ呼ばれて人工保育されている。)
私信で恐縮ですが、大ちゃん、新しいマヤちゃん(候補)が産まれたよ〜!!
またいつか遊びに来てね☆

maje20063.jpg
ここにも仲良し親子。子羊の目が笑っているみたい


majekrozteleido.jpg

お約束(?)のMic'in svijet kroz teleidoskop

今では私達が来ると反応してくれるのでより愛着を感じる羊達ですが、
そういえば最近国内数箇所でQ熱(羊からの感染が報告される病気
7月20日付のブログでも少し触れてます)が発生中なこともあり、
今回は遠巻きに見てるだけにしました。
他の感染症同様必要以上に恐れる事はないけど、
丁度感染が発見されている時期でもあるので念の為。

P.S.
結局この日記をUpしたのは夕方になってしまいましたが、
ついさっき今日の天気を見たところ晴れ間が覗くのは水曜以降になりそうです。

2006年03月04日

ボスニア代表 再び「サムライ」と対戦か?!

2−2の引き分けで決着を見た日本vsボスニア戦はまだ記憶に鮮明なことと思いますが、今日付(3日)の日刊紙「EURO BLIC」のスポーツ欄で、小さい扱いですが「ボスニア代表 キリンカップへ」という記事を発見!要約すると先の親善試合が行われたドルトムンドにおいて両国のサッカー協会上層部がボスニア代表の同大会への参加について基本合意した、との事ですが、他の新聞(少なくともネット版では)では同件に関しての報道は見当たりませんでしたし、日本側では同じく今日付の共同通信社の報道としてキリンカップ日程に関するニュースはありましたが、そこでは対戦相手に関して言及されてませんでした。

この話題がボスニアの主要紙ではなく、ボスニア代表に対する関心が低いスルプスカ共和国側の新聞に出てきたというのがまた興味深いところですが(EURO BLICはセルビアで発行されているBLICのスルプスカ共和国版)、W杯前に今一度「仮想クロアチア」の役を演じるのか、それとも単なるデマなのか、暫く日本とボスニアのメディアを要チェックです。もし、「関連の記事をどこかで見かけた(聞いた)」という方がいらっしゃったら情報お願いします☆

<追記>

残念ながら日本代表との再戦はなく、5月下旬に日本のお隣・韓国との親善試合が行われました

posted by Mic'o at 04:39| Comment(2) | TrackBack(1) | BiHココロのメモ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月03日

変わらぬ景色も視点を変えれば・・

先日ドイツで行われた日本vsドイツも凍えそうな寒さの中で行われましたが、日本から戻ってからというもの春の訪れを思わせるような陽気が続いたボスニアも先週末から雪がちらつく事が多くなりました。ここデルベンタも束の間の青空がのぞいた水曜以外は、窓の外は雪景色。でも、思い返せば昨年も同じように寒の戻りに溜息をついていたのでした。

snijeg2marta.jpg

PC机横の窓から見える景色はここ数日変わらないので、ちょっとこんなものを使って気分転換。

snijegkrozteleido.jpg

この写真、テレイドスコープをデジカメのレンズに当てて撮影したものです。
テレイドスコープとは万華鏡の一種で、皆さんにお馴染みの万華鏡(カレイドスコープ)は中に入っているビーズなどの動きの変化を楽しみますが、テレイドスコープは先端が鏡になっていて、そこに映る外の風景が変化するのを楽しむというもの。実家に帰省中近所のスーパーで万華鏡展が開催されていた折、場の流れで見学に行ったのですが、バラエティーに飛んだ様々な万華鏡、とりわけテレイドスコープに魅了されてしまった私。イベント会場で自分用には購入したものの、お土産用に追加で買おうと思ったら案外見つからないものですね。散々大手スーパーなどで探した挙句、やっぱり通販で買うしかないかなー(しかし送料が現物一本分とほぼ同額なので躊躇)と思っていたところ、ダメもとで訪ねた大手文具店で発見。即決で自分用(予備)とお土産用の2本を購入しました。
案の定、おみやげに渡したダンナの親友一家は大喜びで子どものみならず、大人も興味津々で覗き込んでいたのですが、そこでダンナの友人の奥さんがナイスな一言。

「あら、小さい日本人がたくさん歩いてるわ!おもしろーい☆」

・・・その小さい日本人は、あなたのお姑さんですから・・(汗)

彼女は外の景色が変化して見えているということに気が付いていなかったらしいです。その小さい日本人疑惑(笑)を掛けられたお姑さん曰く、一昔前万華鏡は「Kino(映画館)」と呼ばれていたそうです。

ここでブログ新企画の発表なのですが、「Mic'in Svijet kroz teleidoskop」と称して、時々テレイドスコープを通じて見えたボスニアの景色も紹介していきたいと思います。かなり自己満足的な企画ではありますが、皆様にクスっと笑っていただけるような作品が紹介できればと思ってます。
posted by Mic'o at 05:10| Comment(7) | TrackBack(1) | BiHココロのメモ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月02日

今後の期待と不安と・・&自分にとっての「代表」

昨日行われたサッカーの日本対ボスニア(以下BiH)の一戦、御覧になられた方も多いかと思います。ボスニア時間では真っ昼間の試合開始、しかも平日の親善試合とあって一体TV中継があるのか気を揉んでいたところ、BHTV1(ボスニア・ヘルツェゴビナTV1チャンネル)でライブ放送、しかも夜にも短縮版でありながら再放送が予定されているとの事で、BHTV1もなかなかいい仕事をするじゃないですか。
そして日本の友人達からも「今晩の試合観るよ〜(^0^)/~」というメールが次々と届きました。Mic'oが住んでる国だから、という事で注目してもらえると、「私も日本におけるBiHの知名度Upに針の穴くらいは貢献しているのだな〜」とBiHにおける苦労も一度に吹っ飛びますね(吹き飛ぶ程の苦労してんのか?って感じですが・・)

結果の方は皆さんご存知の通り、日本がロスタイムに中田の同点弾で引き分けに持ち込み2−2の引き分けで終了しましたが、負けなかったとはいえ、BiHは2点とも終了直前(先制点を決められたのも前半終了間際)で、最後の最後に集中力が切れてしまうところに不安を感じました。確か先のW杯予選でも、先制はしたものの・・という試合が多かったですしね。

ところで会場となったヴェストファーレンスタジアムにはドュッセルドルフ日本人学校の生徒さん達をはじめ現地在住の日本人の方々が沢山見受けられましたが、ボスニア・サポーターも負けじとドイツ国内をはじめ近隣諸国、そして遠くはアメリカ・シカゴ(ここも旧ユーゴ移民が多い)から駆けつけ、日本サポーターとはまた違った盛り上がりを見せていました。試合中何度かメールでやりとりしたGちゃんからも(Gちゃん>突然登場させてゴメンッ。でも情報アリガトね☆)何でスタジアムで花火やってるのか疑問の声が寄せられました。TVの解説者によると前半25分位に警備にあたっていたドイツ警察がボスニアサポーターに対し何か行動に出たらしい、とのことでしたが、その後解説者からは何の説明もありませんでしたし、新聞もスタジアムに集結したサポーターに対して好意的な論調でしたので、特に大きな問題を起こしたのではないと願っていますが、とりあえず花火はやめなさい、花火は。

とはいえ、BiH内でも同国代表には殆ど愛着のないここスルプスカ共和国(セルビア系住民が多数を占める地域)の住人約100万人より、スタジアムで声援を送った数千人のサポーターの方が何倍も熱かった事は確かです(苦笑)コラムを連載していた某サッカー雑誌ではしつこく紹介させてもらったけど、セルビア系住民にとってはPlavi(セルビア・モンテネグロ代表)、一方南部に多いクロアチア系住民にとってはVatreni(クロアチア代表)が「自分達の代表」という意識はまだまだ根強いしですしね。

かくいう私も「今回は日本とBiH、どちらを応援するの?」という質問を頂きましたけど、BiHサッカーに関するコラムを2年程執筆している間に同代表に対して愛着が湧いてきたものの、やっぱり「自分にとっての代表」は日本だろうという事を再確認しました。正直言えば途中まで一方のチャンス(ピンチ)に対して「行けー!!!」という気持ちと「危ないー!!!」という気持ちが混在してたけど、やっぱり最後は日本の劇的な同点ゴールに息子と万歳三唱してましたから。どんなにBiHに長く住んで「帰る場所」と思えるようになっても、決して「祖国」にはならない、そういう事だと思います。


このヴェストファーレンでの一戦に関しては、先週末お仕事でご一緒させて頂いた「クロアチア、ボスニアを考える会」のメンバー、りょうさんのブログで観戦記が紹介されています。
(りょうさん>先日の活動の件に関しては後日改めてUpしますね☆)

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